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スポーツ  投稿日:2019/2/11

パフォーマンス理論 その1 練習時間


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

【まとめ】

・モチベーションは貴重な資源なので20年切れないやり方をすべき。

・日常的に長時間練習をすることは割に合わない。

・効果が高い練習は12歳迄週4時間、18歳迄週10-15時間、大人でも週20時間迄。

 

【注:この記事にはリンクが含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44070でお読みください。】

 

思うところがあり、今年一年間、52回、私の競技人生で、どのようにパフォーマンスを発揮するかについての試行錯誤をまとめていきたいと思う。あくまで私の経験によるものなので、今の時代では否定されているものもあるかもしれないがそれはご容赦いただけると。第一回は練習時間について。

以下が私の練習時間の推移である。

小学生-週2日/1日90分

中学生-週5日/1日2時間

高校-週5,6日/1日2-3時間

大学-週5日/1日3-4時間

22-26才-週5,6日/1日5-6時間

27才以降-週5日/1日2-3時間

色々やってみて、1日2時間あればほとんどの練習効果は得られるという結論に至った。

アスリートにとって時間以外で最も貴重な資源はモチベーションである。練習によって決してモチベーションをすり切らしてはならない。体よりも心の方が消耗品かつ直しにくく、致命傷になる。これが大前提にある。もしトップを目指したいならだいたい25-30で競技のピークが訪れるので、10歳から競技を始めたとして、少なくともモチベーションが20年切れないようなやり方をすべきだ。

私が幸運だったのは、才能溢れた小学生、中学生時代に指導者も家族も興奮せず、練習時間を定め、友人と遊んだり(学業はほとんどしなかったが、、)家族と過ごす時間を確保できたことだ。

15歳になるまではたとえどのような競技であれ、よほどの専業プロフェッショナルになっていない限りは(いやそうであったとしても私は子供にはさせないが)、練習時間は2時間以内、週に5回以内、週の練習時間が合計10時間を超えないようにおさめるのが望ましい。私の中学時代までは、練習時間がこの範囲を超えたことは記憶にある限りない。余談になるが同じクラブから100mの山縣選手も出ている。高校からは少し増やしてもいいが、これも週に5,6日、2時間以内を限度にするべきだと思う。

18-26才の間には長時間練習したこともある。私は意味がなかったと思っているが、長時間練習により底支えができたので頂点が高くなったという考え方もありえる。年に数度であれば長時間練習することは限界を知る上では良いのかもしれない。けれども日常的に長時間練習をすることは割りに合わないというのが結論だ。いかに理由を説明する。

長時間練習のパフォーマンス向上面での弊害は、だらだらと力を出すことを体が覚えてしまうことだ。例えば生理学的には人間の無酸素運動の最大出力は6秒程度しか持たないと言われている。200mでは20秒程度走ることになるが、選手は全力を出しているように見えて微妙に98%程度の力の出し具合にコントロールする。

200mと100mの専門家が微妙に分かれるのは、力の出し方に違いがあるからだ。このように練習時間を伸ばせば、生理的限界から体がその時間に適応し始める。これを精神力でなんとかすることはできない。日本人がエンデュランス系に強く、パワー系が弱いから練習時間が延びたのか、練習時間が長いからそうなったのかはわからないが、練習時間を長くすれば、長くできる程度の出力しか出せなくなる危険性がある。ほとんどの競技において瞬間のパワーは重要なので、練習時間を短くし時間単位の出力を高める環境を作るべきだと私は考えていた。

もう一つのデメリットは、練習時間が長ければ何が重要な練習なのかを選手が意識しなくなる。例えば、上半身が重要だからと30分練習時間を伸ばしてウエイトトレーニングを入れることもできるが、それであれば上半身とハードル練習のどちらがより重要なのかという比較がなされない。制限がかかれば人は何を優先するかを考え始め、比較が始まり、より本質的に自分に必要なものを取捨選択するようになる。

練習の最初の1時間で練習効果の9割は得られ、そしてその1時間すぎてから徐々に怪我のリスクが高まると私は思っていた。考え方は二つに分かれる。残りの1割が勝敗を分けるのだという人と、1時間を超えた練習は合理性がないという人だ。私は前者の人生を生きてきて、後者に至ったタイプである。前述したように前者があったからそこに至ったのかどうかはわからない。いずれにしてもうまくさえなれば1日1時間の練習で五輪に行く程度の負荷は加えられるようになる。練習の出力がとても大きくなるので、ハードパンチャーが自分の拳を壊すようなことができてしまうので大人の練習時間は徐々に短くなる。

一つ、断りを入れておくと、競技中に強い出力を出すよりも、規律や正確性を求められるような種目は練習時間が長い方が有利な可能性がある。いわゆる練習で行うことを本番も寸分違わず行うような競技だ。新体操、アーティスティックスイミング(元シンクロナイズドスイミング)、芸術系だ。私はこの世界が全くわからないので予想でしかないが、反復により身体に覚えさせる世界は言語と一緒で壊れない範囲で長時間行うほど洗練されるのではないかと考えている。最適な練習時間がどこにあるのかはわからない。

試行錯誤した結果、陸上をやっていた私に関しては、12歳までは週に4時間、12-18歳までは週に10-15時間まで、大人になってもせいぜい週に20時間を超えない練習がもっとも効果が高いという結論に至った。

 

こちらのコラムは転載自由ですが、Webで利用する場合はURLを貼り付けてもらえるとうれしいです。

(この記事は2019年1月9日に為末大HPに掲載されたものです)

トップ写真:トレーニングのイメージ画像 出典:Pixabay


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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