伝説の労働運動活動家半生記
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・松崎明氏はマスコミからも恐れられる労働運動活動家。
・当時、警察も横領容疑で書類送検するも不起訴処分。
・複雑な活動家・松崎氏の半生が描かれた本が出版された。
松崎明氏といえば、知る人ぞ知る、日本の戦後の労働運動でも異端の名をとどろかせた活動家だった。日本の大手マスコミからも恐れられた人物でもあった。松崎氏の活動を一般に詳しく知らせることはマスコミ界のタブーでもあったのだ。だが彼の死から8年余、松崎氏の一生を詳細に描く大著がこの春、出版され、話題を呼んでいる。
2010年(平成22年)12月9日、74歳で病死した松崎明氏は現役時代は激烈な労働運動に一貫して生きてきた。正式な肩書きは国鉄の動労(動力車労働組合)委員長、JR東労組委員長、革マル(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)副議長などだった。
松崎氏はカリスマと大胆な行動力とで労働運動だけでなく、革命運動的な政治活動にもかかわり、その傘下にあった動労は「鬼の動労」と各方面から恐れられたこともあった。松崎氏が指導的な役割を果たした革マル派は同種の革命的な活動で知られた中核派と激しく敵対し、暴力事件を引き起こしたことも広く知られていた。
警視庁は2007年11月、松崎氏をJR総連の内部組織「国際交流推進委員会」の基金口座から3000万円を引き出し横領した業務上横領容疑で書類送検した。直後に松崎氏はハワイの高級住宅街にある別荘を3千数百万円で購入していた。この購入資金は同協会職員の個人口座を通じてハワイの不動産会社に送金されていた。だが東京地検はこの件を嫌疑不十分で不起訴処分にしたという事件も当時、大きな波紋を広げた。
松崎氏についてはその闇の部分を平成時代の主要マスコミが報じることをためらったため、「平成のマスコミの大タブー」ともされてきた。このためらいは当時、批判的な松崎報道を試みたマスコミに対して激しい威嚇の行動がかけられたためだとされていた。
ところがその松崎明氏の生い立ちから活動、光と闇を詳細かつ多角的に描いたノンフィクションの大作がこの4月末に出版された。同書のタイトルは『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館刊)、著者はすでに何冊もの長大ノンフィクション書を世に出している牧久(まき・ひさし)氏である。
この書『暴君』自体の帯の広告文を紹介しよう。松崎明という人物のいくつもの顔が浮かびあがる。なにしろ500ページに近い大作なのである。
「いじめ、脅迫、左遷、暴行、盗聴——平成最大の『言論弾圧事件』の真実を明かす」
「機関士に憧れた少年から『革マル派』最高幹部、JR東日本『影の社長』へ」
「松崎明は日本の労働運動が燃え上がった戦後昭和で、もっとも先鋭的で過激な活動を繰り広げた組合の闘士として当局の合理化(リストラ)に猛然と反発、『鬼の動労』の象徴的存在となった。しかし中曽根政権が進めた国鉄の分割・民営化に、組織を挙げて賛成に回り、大転換の先頭に立つ」
「松崎は『国鉄改革』の最大の功績者のひとりとなったのだ。だが、彼にはもうひとつの顔があった。非公然部隊を組織し、陰惨な“内ゲバ”で数々の殺人・傷害事件を起こしてきた新左翼組織『革マル派』の幹部でもあったのだ」
以上のような記述からも松崎氏がいかに複雑な活動家だったかがわかるだろう。
同書の著者の牧氏は日本経済新聞の副社長やテレビ大阪の会長を務めたマスコミ界の大物である。だが本来は敏腕の新聞記者で東京での事件報道やベトナムでの戦争報道の実績があり、新聞とテレビの経営陣を退いた後にまた記者活動を再開したという異色の経歴の持ち主である。
牧氏はこの数年に『サイゴンの火焔樹――もうひとつのベトナム戦争』、『「安南王国」の夢――ベトナム独立を支援した日本人』、『不屈の春雷――十河信二とその時代(上、下)』(すべてウェッジ),『昭和解体——国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社)といういずれも長編で骨太のノンフィクション単行本を出してきた。
今回の書も平成時代の特異な一面を知るには貴重な材料だといえる。
トップ写真:『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。