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.国際  投稿日:2019/7/10

空疎な日本の「トランプ論」


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

 

 

 

【まとめ】

・日本メディアのトランプ論と米国民の評価のギャップ。

・「トランプ評論家」は気楽な稼業。

・独断と偏見で「トランプ大統領の頭の中」を断じる元外交官。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depth https://japan-indepth.jp/?p=46778 のサイトでお読み下さい。】

 

日本のメディアでのトランプ論はまさに花盛りのようだ。トランプ論というよりもトランプ叩きと呼んだ方が正確だろう。アメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領を指して「無知」「無能」「なにもわかっていない」「頭の中にあるのは再選だけ」という断定がしきりなのだ。いったいなにを根拠にここまでの絶対のネガティブ断定ができるのだろうか。それほどダメな人間が世界一の超大国の大統領をなぜ勤め続けていられるのか

 

実際にアメリカにトランプ政権の誕生以前から居住して、首都ワシントンに拠点をおき、トランプ大統領をめぐる動きを一貫して追ってきた私としてはいまの日本のいわゆるアメリカ通とか識者とか外交評論家とされる人たちの言説にはとまどわされる。アメリカでの現実とはあまりに異なるからだ。

 

トランプ氏はかりにもアメリカ国民の多数派によって民主的に選ばれた大統領である。国家元首である。しかも就任から2年半、国民の支持率は一貫して40%台後半を保つ、アメリカ国民の半数近くがトランプ大統領を支持し続けるのだ。となると、アメリカ国民とはそれほど愚かな人々なのか、という疑問が起きる。日本側で断じられるほど、無知で無能力の人物を支持し続ける、ということになるからだ。

写真)ホワイトハウスでのローズガーデンイベント

出典)Official White House Photo by Stephanie Chasez

 

そんな疑問を感じていたら、この種の懐疑は決して私だけではないと思わされる一文を目にして、ほっとした。産経新聞7月5日朝刊に掲載されたコラム記事である。短い記事だが、問題の核心をまさにずばりと衝いていた。筆者の黒瀬悦成記者は産経新聞のワシントン支局長、アメリカやワシントンの駐在が通算10年以上に及ぶベテランのアメリカ・ウォッチャーである。

 

その記事を紹介しながら私なりのトランプ論を述べていこう。

 

<<【ポトマック通信】トランプ批判、気楽な商売

 

トランプ米大統領の訪日に合わせて日本に戻った際、テレビでトランプ政治に関する討論番組などを見ていて、珍妙な言説に遭遇することが時々あった。

 

例えば、米中の「貿易戦争」や北朝鮮に対する非核化要求など、全ての主要政策を「来年の大統領選での再選のためのパフォーマンス」などと十把一からげで選挙と結びつけて論じる皮相な分析だ。

 

あるいは、マティス国防長官が昨年末に辞任して以降は「トランプ氏の周辺にはイエスマンしかいない」と断じる記者や有識者が、北朝鮮やイランの核問題では「政権内部が強硬派と穏健派で割れている」と矛盾した指摘をする。

 

大統領の最終的な政策決定に閣僚や高官が従うのは当然であって、それをもって「イエスマンばかり」というのは適当でない。>>

写真)マティス元国防長官

出典)Flickr; Archive: U.S. Secretary of Defense

 

以上が黒瀬記者の記事の前半である。まず日本側の「トランプ大統領の動きはすべて来年の大統領選のためのパフォーマンスだと断じるのは皮相」と批判する。確かにトランプ大統領の中国への貿易不公正慣行の是正要求や北朝鮮の核兵器破棄要求はトランプ氏の当戦前からの公約だった。アメリカ有権者に対してその追求を誓った政策なのである。本来、存在しなかった政策を単に再選のために掲げるようになったかに描く日本側識者の認識は明らかにゆがんでいる。黒瀬記者のコラム記事はさらに以下のように続いていた。

 

<< 一方、政権内部の「意見対立」に関してであるが、こうした批判をする方々に限って、オバマ前大統領がリンカーン元大統領にならって立場や主張の異なる人物をあえて登用した、との逸話を好意的に評価していたりするから不思議だ。

 

逆に言えば、この程度のことをもっともらしく語れれば「トランプ氏に詳しい専門家」として通用するのだから、「トランプ評論家」は気楽な稼業だ、と言ってしまうのは嫌みが過ぎるだろうか。(黒瀬悦成)>>

 

以上がこの記事のすべてだった。

 

黒瀬記者の指摘のように、日本の識者のトランプ評では「トランプ大統領が一人ですべてを決めている」という断定が多い。「部下はみな大統領の決定に自動的に従うだけ」というわけだ。であれば、「政権内部に対立がある」という指摘は矛盾する。こんな程度のことを「もっともらしく語れば『トランプ評論家』として通用するのだから気楽な稼業」というわけである。

 

私自身がもう一つ、「気楽な稼業」と感じるのは元日本外務省に所属していた人たちがトランプ大統領に対して「彼の頭の中」という表現を頻繁に使う点である。だいたいは「彼の頭の中には安全保障という概念はない」、要するに「わかっていない」と断じるわけだ。だがどんな人間に対してもその人の頭の中がどうなっているかなんて、外から簡単にわかるはずがない。

 

しかもそうした元外交官たちはいまのアメリカでトランプ大統領の実際の統治を直接に体験や考査した経歴はない。太平洋のこちら側にいて、ワシントンでの動きを二次三次の情報に依存するだけ、場合によってはその元外交官の独断と偏見だけで、「トランプ氏の頭の中はこうなのだ」と断じるだけのようにみえる。

 

アメリカでも反トランプの民主党系の人たちが「トランプ氏は精神病患者だ」と糾弾したことがある。これに対してアメリカ精神病学会が「精神科医として直接に診察や治療をした患者以外の人を精神病だと断じるのは倫理に反する」と非難する声明を出したこともある。わかりもしないことをわかったように語ることで「専門家」として遇されるのなら、日本の専門家も確かに「気楽な稼業」である。

 

トップ写真)トランプ大統領がデンマーク首相ラース・ロッケ・ラスムッセンと会談

出典)Official White House Photo by Shealah Craighea

 


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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