村上世彰「投資教育」の狙い
出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)
「出町譲の現場発!ニッポン再興」
【まとめ】
・元投資ファンド村上世彰氏は「投資」の授業を行う。
・貯蓄の美徳が日本経済を停滞させる。
・村上氏は「投資教育」の重要性を広めている。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=48219でお読み下さい。】
その男の風貌は大きく変わった。村上ファンドの元代表、村上世彰(よしあき)氏である。
「モノ言う株主」として大手企業の経営者が恐れていたが、今では、笑顔の絶えない好々爺といった風情だ。
村上はシンガポールに在住している。現地で不動産開発などを手掛ける。そんな活動の一方で、村上には別の姿がある。高校の教壇に立っている。この高校は、出版大手カドカワ傘下の通信制高校のN高校だ。
村上はN高の投資部の特別顧問という肩書だった。教壇では、身振り手振りを交えながら、訴える。「お金があれば、多くの人を幸せにできる。部活動で利益を得た場合も、何かを買いたいというよりも、こういう人を幸せにしたい。そんな使い道を考案してほしい」。
▲写真 村上氏(右)と著者 出典:著者提供
投資部で、村上は高校生に、投資資金を無償で提供する。N高のすべての生徒1万人から希望者を募り、「投資部」のメンバー50人を選ぶ。投資資金として20万円ずつ、合わせて1000万円を自らの資産から出す。それを元手に部員は、村上氏のアドバイスを受けながら、株式投資を行う。損失はすべて村上氏の財団がカバーする。利益が出た場合は、高校生自らが使い道を決める。生徒に対しては、最大100万円まで投資資金を増やす。
N高の生徒だけではない。村上が今年1月から始めたプロジェクトはさらにスケールが大きい。全国の中学生、高校生を対象に1人10万円ずつお金を出す。最大で100万人、総額1000億円出すことが目標だ。全財産を使いきってもいいと公言する。
村上は身銭を切って、子供たちに投資の重要性を伝えたいと、考えている。
なぜ、投資教育にこだわるのか。
「日本の現状考えると、400兆ぐらいのお金が企業の中に内部留保、剰余金として寝ている。お年寄りのところには、ものすごいお金が溜まっているが、使われていない。このお金が使われるようにならないと経済の活性化はない」
その上で、お金は貯めるものではなく、使うものだと強調。「お金がぐるぐる回るような感覚を中学生、高校生のころから持ってもらえると日本の経済も良くなる」と指摘した。
村上の指摘は、かねてから言われてきた日本経済の問題点だ。貯蓄を美徳とし、お金を使わないことが日本経済の足を引っ張っている。経済全体を冷静に分析すれば、その通りだろう。
ただ、村上が投資教育のこだわるのは、特別な理由がある。きっかけは、2006年にニッポン放送株の売買を巡ってインサイダー取引で逮捕されことだ。逮捕当時の会見はあまりに有名だ。
「お金儲けは悪いことですか」。村上は、強烈な批判を食らう。もうけすぎで世間にたたかれた。平成の経済史を彩る大きなニュースとなった。
村上は当時を振り返る。「『安く買って高く売るのはおぞましい』という表現の判決が出た。すごくショックを受けた。そういう国の感覚自体を変えなければいけない。お金は汚いものではない、稼ぐのは悪いことではない。子どもたちにそれを伝えたい」。
こうした投資教育を広めるため、村上が力を入れるのは本の出版だ。「生涯投資家」を皮切りに、子ども向けの本を含めて次々に本を出した。「投資教育の教科書」にしたい考えだ。
そもそも村上が投資を始めたのは、投資家でもあった父親の影響だ。
村上は、小学校3年生の時に父親から10年分のお小遣いを一括でもらった。その額は、100万円だ。それで最初に買ったのは、サッポロビールの株だった。理由は単純だ。当時、父親が好んで飲んでいた。村上はそれから投資家としての本能が目覚めた。毎日、新聞で株価をチェックし、経済面の記事も読むようになった。それが原点となり、世の中の動きを学べたという。
村上と言う強烈な個性が打ち上げる「投資教育」には懸念の声もあろう。日本では依然として投資に関しては嫌悪感を抱く人は少なくないからだ。しかし、投資をしなければ、お金は回らず、新たな企業が生まれないといのは事実だ。日本がもたもたしている間に、アメリカではGAFA、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンといった巨大企業が生まれている。
「貯蓄から投資へ」。使い古された言葉をもう一度、思い起こしたい。
【下記の通り訂正いたしました。(2019年10月4日10:00)】
誤:元投資ファンド村上世彰氏はシンガポールで「投資」の授業を行う。
正:元投資ファンド村上世彰氏は「投資」の授業を行う。
トップ写真:「投資教育」の教壇に立つ村上氏 出典:著者提供
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この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家
1964年富山県高岡市生まれ。
富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。
90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。
テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。
その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。
21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。
同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。
同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。