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.国際  投稿日:2020/3/24

ウイルス禍で米在留邦人に差別


 

柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)

 

【まとめ】

・新型コロナウイルス感染症の中心地はアジアからヨーロッパへ。

・NYではアジアでの感染が減っていることは伝えられていない。

・アジア系住民への差別が顕著に、90年代に逆戻りしないか危惧。

 

 

たったこの3週間で自分がいる世界が天と地ほども変わってしまった。

私が住むニューヨークでは、映像の撮影という私の仕事柄、3月、4月はイベントも多く、例年ならご多分に漏れず、忙しい毎日が続くはずであった。

3月に入って事態は急に進行した。

3月初旬のアメリカでは中国に続く感じで日本や韓国で感染者が多く発生したことが報道されており、今から考えると信じられないが、ニューヨークでの感染者は公式にはゼロ、と伝えられていた頃だった。私にすでに入っていた日本からの仕事のオーダーは全部キャンセル。そして事態が自らの貧相な想像力とは違う方向に動いて来たのもこの頃である。

それは私が取材するはずのオハイオの大学から、私が日本人であることを理由に、遠回しに取材を遠慮してもらうよう通知を受けたのが発端だった。

あの頃は人種差別的に感じたが、今考えると先回りした合理的な判断だったと思わざるをえない。

あれからまだ3週間も経っていないのだ。

 

当初は中国を中心とするアジアの感染者(日本でのクルーズ船の発生も含む)の数が圧倒的だったものの、あっという間にその中心地はヨーロッパへ。そしてニューヨークも例外ではなかった。

写真)デブラシオ・ニューヨーク市長
出典:
Photo by Gage Skidmore

 

数日前の記者会見でデブラシオ・ニューヨーク市長は言った。

「今やニューヨークはこの危機の震源地(epicenter)である

ここのところ毎日、デブラシオ市長、クオモ・ニューヨーク州知事、トランプ大統領の会見がすべて生放送で流れていて、毎日のようにあらたな発表があり、もはや当然のように良い発表はなく、今日はまたどんな悪いことが急に発表されるか構えながらテレビに見入っている。

 

イタリアで感染による死者が爆発的に増えているのが報道されても、アジアでの感染が減っている事実はこちらではほとんど報道されない。そのせいではないとは思うが、中国を中心としたアジア人がいまだにアメリカでウイルスを撒き散らしている、という、いわれなき差別が少なくともここニューヨークでは以前より増えてきていると感じる。

写真:ニューヨーク市(イメージ)

 先日も6歳になる息子(6才、日米国籍、アメリカ生まれ)が公園で遊んでいて咳込んだ。近くにいた数人の女子高生が「アジアのガキが咳をした!」と言って全員が胸元のセーターの襟を持ち上げて口をおおう。地下鉄で息子が軽く咳をすれば少し離れた席の初老の白人男性が胸元で十字を切って顔をおおう。昨日は妻が白人男性2人に「中国人が世界を壊した!帰れ!」と言われた。

ここ数日でこの手の話が多く耳に入ってくる。日本人以外のアジア人が暴力的な目に遭った、という話も聞こえてくる。被害者は圧倒的に女性が多い。

この先、新型コロナを口実にしたストレスのはけ口として、アジア人への差別が増えないか心配している。

 

ニューヨークは「人種のるつぼ」であると同時に、特にトランプ大統領になって以来、今まで見えなかったが潜在的な差別意識を持っている人も多くいると肌で感じてきた。

私がニューヨークにやって来た90年代初頭は、これが公民権運動を経験したアメリカか、と思うほど、ニューヨークでは普通に人種差別が横行しており、黒人差別は言うに及ばず、ユダヤ人差別、アジア人差別もあり、私自身もそういう目に遭ってきた。

差別する側は、他者を下に見ることによって自身の優越性を確認して満足感に浸る。差別される側は、他者の成功を妬み、自分たちが社会から不当に扱われていると強く反感を抱き、場合によっては暴力的な行動に出る。

 

それが21世紀に向かっていくに連れ、徐々に目に見えなくなるまでに減ってきたのは、ジュリアーニ元市長による犯罪撲滅運動の成果が大きいとされるが、その要因としての景気の影響は無視できないと感じる。 

90年台のニューヨークは差別と暴力が街を支配していたのではなく、個人的な感想ではあるが、不況によって犯罪や差別が多く引き起こされていた印象が強い

そして現在である。

ニューヨークという場所柄、私も含め、会社という拠り所をもたない住人はほぼすべて、一瞬にして職を失った。来月分の家賃はおろか、ガス電気などの公共料金、電話代すら払えない人が膨大な数に及び、すでに毎日の生活が成りたたない住人もいると想像できる。

この先あっという間に人々の生活が崩壊した結果、90年台のような差別や暴力がまかりとおるような都市に逆戻りしてしまうのではないかと強く危惧している。

 

先日、通りかかりに白人女性から顔にツバを吐きかけられたアジア人留学生がいたと聞いた。そして別の女性がその留学生を見て侮蔑的な態度を取り、叫び声をあげた。

それだけでもひどいと感じるが、彼女は何よりも、それを見ていた誰もが、彼女を助けてくれなかったことが一番恐ろしかったことだと語っていた。

映画「ジョーカー」は架空のゴッサム・シティーの話ではなく、これからの世の中を予言していたのだろうかとさえ、思えて仕方ない。

  

トップ写真)タイムズスクエア

出典)pxfuel

 

【訂正2020年3月26日】

本記事(初掲載日3月24日)の一部を、以下のように訂正致しました。

誤:「今やニューヨークはこの危機の中心地(epicenter)である

正:「今やニューヨークはこの危機の震源地(epicenter)である

 

誤:それを見ていた誰もが、彼女を助けてくれなかったことが一番恐ろしかったことだと語った。

正:それを見ていた誰もが、彼女を助けてくれなかったことが一番恐ろしかったことだと語っていた。

 


この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー

1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。

柏原雅弘

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