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.国際  投稿日:2020/4/25

新型コロナで米、ベネズエラに圧力


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

ベネズエラ、コロナで深刻な危機に陥る“最有力候補”。

・コロナに乗じて米、ベネズエラに最大圧力。

・マドゥロ政権、新型コロナによる窮状と米の圧力に動揺。

 

反米左翼のマドゥロ政権と、欧米の支持を受けたグアイド“暫定大統領”(国会議長)派との対立が続くベネズエラで、新型コロナウイルス禍を契機に政治的膠着状態に変化が訪れようとしている。

■ 国民の窮乏生活は一層悲惨に

ベネズエラで新型コロナの感染者が最初に確認されたのが3月13日。本稿執筆の時点(4月23日)で感染者数は公式には311人とされている。しかし、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)の専門家は「実際の感染者ははるかに多く、感染が爆発的に増える恐れがある」と懸念する。

ベネズエラ情勢に詳しい米紙「マイアミ・ヘラルド」は中南米専門家の話を引用、ベネズエラの多くの病院では長年、設備投資が不十分な上、医薬品や医療器材が慢性的に不足し、医師も大量に移住しているため、新型コロナによって極めて深刻な危機に陥りうる“最有力候補”国であると報じている。

同国では以前から、ハイパーインフレと食料・医薬品の欠乏で国民生活が困窮し、人口の15%に当たる500万人近くが難民として国外へ流出する中、今度は新型コロナ禍に見舞われたわけで、ベネズエラは一層悲惨な状況に直面している。

 

■ 米が矢継ぎ早に「最大限の圧力」

ベネズエラでの新型コロナ感染拡大と時を同じくして、米トランプ政権がマドゥロ政権退陣に向けた方策を矢継ぎ早に打ち出している点が注目される。3月末、米司法当局はマドゥロ大統領らを麻薬密輸などの罪で起訴、同大統領の身柄拘束につながる情報には高額の報償金を支払う方針を表明した。これに続き米国務省はベネズエラの民主主義実現を目指し、マドゥロ大統領の権力放棄を前提に同国の与野党が参加する「移行政権」樹立案を提示し揺さぶりをかけた。

4月に入るやトランプ大統領はベネズエラ周辺のカリブ海に展開する米軍の増強方針を発表。新型コロナの感染拡大に伴う混乱に乗じて米国への麻薬の密輸が増えるのを阻止するためとされているが、マドゥロ政権に対する「最大限の圧力」(米国務省高官)の一環であるのは疑いない。トランプ政権の圧力強化はさらに続く。

米財務省は今月21日、ベネズエラで操業を続けている米石油大手シェブロンの事業の段階的縮小を命じる措置を講じた。これにより、シェブロンはベネズエラでの原油掘削と輸送が禁止される。米国による対ベネズエラ制裁が強化される中、シェブロンは例外的に操業継続が認められ、同社とベネズエラ国営石油会社(PDVSA)との合弁事業で同国の石油生産(今年3月末時点で日量70万バレル)の約4分の1を占めていた。

ベネズエラ原油生産は米制裁の強化に原油価格急落が加わり大幅に低下しているが、今回の措置によって一層減少するのは必至で、マドゥロ政権にとっては大きな痛手となろう。

▲写真 シェブロン製油所・南アフリカ(イメージ)出典:Wikimedia Commons; Discott

■ マドゥロ政権は支配強化の構え

マドゥロ大統領が麻薬密輸などで起訴されたことに関し、中南米の専門家の間では「1980年代末起きた米軍のパナマ侵攻を想起させる」(ペルー・カトリカ大政治学者)との声も聞かれる。パナマの軍事独裁者として君臨していたノリエガ将軍が1988年に麻薬密輸などの容疑で米国で起訴され、翌年末の米軍侵攻によって身柄を拘束され、その後、米国などで獄中生活を送った一連の出来事は、中南米での米国の“力”を象徴するものとして記憶されている。

ただし、今回のカリブ海での米軍増強について米南方軍のフォーラー司令官は4月17日、国務省主催の“電話記者会見”で「米軍のベネズエラ侵攻の前兆か」との質問に対し、そうではないと明確に否定している。一方、マドゥロ大統領は米国の「移行政権」提案を即座に拒否するなど相変わらず、政権維持へ強硬姿勢を示す。カラカスの有力紙「エル・ナショナル」によれば、マドゥロ大統領は新型コロナがもたらした状況を利用して、支配態勢を強化しようとしているという。マドゥロ政権は3月上旬、非常事態宣言を発令、集会の禁止や外出禁止などの措置を講じるとともにグアイド氏側近らの身柄を拘束するなど、反政府派への締め付けを強める構えだ。

▲写真 マドゥロ大統領 出典:ロシア大統領府

■ 反政府勢力と妥協図る動きも

しかし、マドゥロ政権側が新型コロナによる新たな窮状と米国の圧力強化に動揺しているとの情報も数多くある。例えば、ベネズエラの隣国コロンビアの有力紙「エル・ティエンポ」は「マドゥロ政権内で軍人や官僚の忠誠心が崩れ始めており、彼らの一部は水面下で反政府勢力との妥協策を探っている」と伝えた。

グアイド“暫定大統領”はマドゥロ大統領を排除した形で、新型コロナに対処するための「非常事態政府」の樹立を与党側に提案している。こうした中、ベネズエラの独立系ネットメディア「エフェクト・コクヨ」は今月23日、米政府のエイブラムズ・ベネズエラ問題特使が同メディアとのインタビューで「マドゥロ政権内部および外部の多くの人々が米国提案の『移行政権』樹立案について検討し始めていると語った」と報じた。ベネズエラ情勢をめぐり再び、内外の動きが活発化してきたのは間違いないようだ。

(了)

トップ写真:ベネズエラ、コロナウイルス蔓延にマスクをする人々 出典:Pixabay


この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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