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.国際  投稿日:2020/8/8

朝日、「米中関係」報道の錯誤


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・コロナ禍「米、対中『関与政策』岐路に」の朝日記事は間違い。

・米は2年半前に対中関与政策を失敗と断定 「破棄」を公式宣言。

・トランプ政権の対中強硬措置のほとんどはコロナ禍前に実行。

 

米中関係は当然ながら日本にとっても超重大である。アメリカと中国と、日本には最も大きな影響を及ぼす二大国家がたがいにどんな関係にあるのかは日本の対外関係の根底にもかかわってくる。

 

だからその米中関係のあり方を正確に認識しておくことは日本にとって欠かせない。そんな背景の中で朝日新聞の米中関係の大きな間違いを指摘しておこう。朝日新聞だけを読んでいまのアメリカと中国の関係を理解したと思っていると、とんでもない過ちとなるようだ。

 

その過ちの具体例は朝日新聞7月30日付朝刊の「米、対中『関与政策』岐路に」という見出しの記事だった。

 

記事の主題は7月23日のトランプ政権のポンペオ国務長官の対中政策に関する演説だった。その演説を中心にトランプ政権の代表たちの最近の動向をまとめて、「米国の対中国政策が曲がり角を迎えている」としていた。

 

その主旨は上記の見出しにもあるように、トランプ政権がいま対中関与政策を止めようかどうかの岐路に立った、というのである。

▲画像 対中政策について演説するポンペオ国務長官(2020年7月23日 米カリフォルニア州)

出典)米国務省ホームページ

 

中国に対する「関与政策」とはアメリカの歴代政権がとってきた「中国がより豊かに、より強くなるように支援すれば、中国はやがては国際社会の普通の一員となり、国内でも民主化が進む」という融和的な政策だった。

 

朝日新聞の(ワシントン=大島隆)記者によるこの記事はトランプ政権がいま現在、この関与政策に決別を宣言したようだ、と報じていた。しかもトランプ政権はコロナウイルスの自国内での感染が拡大し続けるために、つまりコロナ感染のために、この関与政策を捨てて新たな強硬策へと移るようなのだ、とも解説していた。

 

ところが現実にはトランプ政権はこの対中関与政策の放棄はすでに2年半前に公式の政策文書で宣言しているのだ。2017年の12月だった。だが朝日新聞のこの報道はトランプ政権は2020年7月に関与政策の放棄か否かの「岐路」に立った、というのだ。

 

トランプ大統領はアメリカのこんごの国家安全保障に関して2017年12月中旬に「国家安全保障戦略」を発表した。アメリカや自由世界の安全に脅威を与える存在として中国を位置づけ、その中国への対応を明確にした重要政策文書だった。同戦略は中国をアメリカの安全保障、利害、価値観などを侵食する危険な存在だと定義づけ、以下のように述べていた。

 

 「その中国との競合ではアメリカは過去20年以上もの『相手と

の関与、そして相手の国際秩序やグローバル交易への導入がその相手を温和で信用できるパートナーに変える』という推測に基づく政策を再考しなければならない。なぜならその政策は間違っていたからだ」

 

対中関与政策の失敗の宣言だった。放棄の宣言でもあった。

 

トランプ大統領はそのすぐ後の2018年2月の演説で改めて「アメリカが中国を世界貿易機関(WTO)に加盟させたことが間違いだった」とまで述べて、歴代政権、とくにオバマ政権の対中政策を非難して、関与政策の失敗を明言した。

 

トランプ政権の中国政策の言明としてはさらに2018年10月のペンス副大統領の演説、さらに2019年10月の同副大統領の演説、その直後のポンペオ国務長官の演説などが支柱となってきた。これら主要対中政策演説の最大特徴は関与政策の失敗の断定とその放棄の宣言だった。

 

ペンス副大統領やポンペオ国務長官はこの3年近く、対中関与政策の排除を宣言し続けてきたのである。そしてトランプ政権としてはその関与政策の否定を象徴する中国への抑止や制裁の政策を次々に打ち出してきたのだ。

 

その具体例はアメリカ側からみての中国の不公正経済慣行の追及、南シナ海での無法な領土拡張への抗議と抑止、チベット、ウイグル、香港での人権弾圧への種々の制裁、アメリカ国内での中国側のスパイや違法政治工作の摘発などなど、数えきれないほどである。

 

しかもトランプ政権のこうした関与政策放棄の上での強硬措置はほとんどがコロナウイルス感染拡大の前に実行されてきた。

 

朝日新聞の報道に従うと、トランプ政権はコロナウイルス感染によって対中強硬政策へと傾き、いまの段階でもなお関与政策を放棄すべきかどうかの「岐路」にある、というのだ。

 

この「報道」と事実のくいちがいはあまりに明白である。この「報道」はトランプ政権がいま「岐路」に立ったというのだから、政権発足以来のこれまでの3年8ヵ月ほど、その対中政策は従来の関与政策だったことにもなる。

▲写真 朝日新聞の販売店  出典)flicr; MIKI Yoshihito

 

朝日新聞は7月15日朝刊の別の記事ではトランプ政権の対中強硬策は「演出」なのだとも断じていた。「トランプ政権、『対中強硬』続々演出 『脅威』強調、大統領選見据え?」という見出しの記事だった。

 

「演出」とは事実とは異なるみせかけだけ、という意味である。演劇や映画のように実在しない出来事をあたかも実在するかのように装うことである。トランプ政権が実際に発効させた中国抑制の法律、条令は間違いなく実在する。米軍当局が中国の軍事膨張を抑えるために派遣した航空母艦2隻の出動も現実の出来事だった。それらがみな「演出」だというのならば、なにをか言わん、である。

トップ写真) 首脳会談に臨むトランプ米大統領と中国・習近平国家主席(2019年6月28日 大阪)

出典)White House


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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