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.国際  投稿日:2020/8/2

今こそ尖閣諸島の実効支配を


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

米議会は尖閣諸島での中国の領有権を明確に否定。  

・中国海洋活動を米下院は軍事手段を含め対抗を強化と提言。

・日本は尖閣諸島を奪われないよう実効支配を内外に明示すべき。

 

日本政府はいまこそ沖縄県石垣市の尖閣諸島を日本国の領土として内外に明示する実効支配の具体的措置を取るべきである。いまほどその措置が好ましい機会もないのだ。

現状のまま中国の縦横無人の侵略を許せば、日本が尖閣諸島の主権や施政権を失う危険性がきわめて高いのである。その危険は尖閣諸島をあえて無人島にしておく日本政府の現在の政策でさらに高まる。

実効支配の具体的措置とは尖閣諸島での日本政府の公務員の常駐、あるいは日本の官民の経済活動である。中国側の激しい反発が当然、予期されるが、いまの国際情勢はその反発を一定の範囲内に抑えこむ展望が確実だといえる。

日本にとっていまの国際環境が好ましい状況を説明しよう。

アメリカとオーストラリアの両国政府は7月28日の公式声明で南シナ海のすべての諸島への中国の主権や領有権の主張を否定した。トランプ政権はすでにその前に同じ主張を明確にしていた。

ポンペオ国務長官が7月13日の公式声明で南シナ海の諸島への中国の領有権を否定したのだ。アメリカ政府は一般に他の諸国同士の領有権紛争では立場をとらないという伝統的な外交慣行を中国に対しては破棄して、はっきりとその主権主張には反対を明示したのだ。

アメリカもオ-ストラリアも中国の海洋での侵略的な行動にはそれほど反発を強めてきたのである。そしてその反発は中国の東シナ海での軍事行動にも向けられている。

アメリカの政府としては東シナ海での中国の領有権主張、つまり尖閣諸島への主張を公式に否定はしていないが、トランプ政権は中国の軍事がらみの日本の領海侵入には批判を示し、尖閣の日本との共同防衛の誓約を強調する。事実上、中国の尖閣領有権の主張も認めていないという状態といえるのだ。

この点でアメリカの議会がすでに尖閣諸島への中国の領有権を明確に否定していることは日本側では意外と知られていない。しかも同議会は中国艦艇の尖閣周辺の日本領海への侵入に制裁を科す政策を超党派の法案で宣言したのである。この動きこそアメリカが超党派で尖閣諸島の日本の支配を守る意思を強く固めていることの証拠だといえよう。

中国は尖閣諸島に対していかに日本の動きが気にいらなくても、アメリカがあくまで日本を防衛するという見通しがはっきりすれば、実際の攻撃には踏み切れないことは確実である。

このアメリカ議会の動きについて説明しよう。

ポンペオ国務長官が発表した中国の南シナ海での領有権否定の政策は実は議会下院の共和党有力議員たちが6月に公表した強力な政策提言に誘導されていた。

「アメリカの強化とグローバルな脅威への対抗」と題された同提言書は南シナ海、東シナ海での中国の海洋活動を危険な侵略行動と断じて、アメリカ政府が軍事手段をも含めての対抗を強化することを勧告していた。

その提言で注視されるのは東シナ海の尖閣諸島に対する中国の軍事がらみの攻勢も違法だとみなし、アメリカ議会の上下両院がすでに提案した南シナ海・東シナ海制裁法案」にハイライトを当てた点だった。

昨年5月に上院に提出され、外交委員会などで審議中の同法案は尖閣について中国側の主権主張を完全に否定していた。その骨子は次のようだった。

 

・中国は東シナ海では日本が施政権を保持する尖閣諸島への領有権を主張して、軍事がらみの侵略的な侵入を続けているが、アメリカとしてはこの中国の動きを東シナ海の平和と安定を崩す無法な行動として反対する。

・アメリカは尖閣に対する中国の主権、領有権の主張を認めない。アメリカ政府は中国の尖閣主権に同調する国や組織に反対し、尖閣を中国領とする地図なども認めない。アメリカ政府の「他国の領有権紛争には立場をとらない」という伝統的な慣行はこの場合、放棄する。

 

こんな趣旨の同法案はさらに尖閣の日本領海に侵入する中国側組織の責任者には各種の制裁を科すともうたっていた。まさに画期的な内容だった。

さらに注目されるのは上院で同法案の共同提案者となった15議員は大物が多い点だった。共和党ではマルコ・ルビオ、ミット・ロムニ両議員、民主党では前回の大統領選で副大統領候補だったティム・ケイン議員などである。超党派の一致した意思表示なのだ。

▲写真 マルコ・ルビオ氏 出典:Flickr; Gage Skidmore

下院でも同じ法案が昨年6月に提出された。立法府として政府に尖閣の中国の主権主張を公式に排除せよ、と求めるのである。ポンペオ長官も南シナ海での中国主権否定を東シナ海にまで拡大するような言辞を口にし始めた。

アメリカの歴代の政府や議会は尖閣諸島に関しては日米安保条約の共同防衛の適用や日本の施政権尊重はたびたび明確にしてきた。だが中国の主権の否定は前例がない。

アメリカの支援としては前代未聞の状況なのだ。日本としてはいま深刻に侵食されている尖閣の主権や施政権を現実の行動で明示するまたとない好機だろう。

▲写真 海上保安庁、尖閣諸島近くの中国漁船を阻止 出典:USNI News

では日本はなにをすべきか。

安倍晋三首相はいまこそ尖閣諸島の実効支配の明白な措置をとるべきである。尖閣を無人島としておく現政策を放棄すべきだ。自民党の年来の公約の実行である。実効支配とは尖閣諸島に日本の公務員の常駐や漁業環境の整備である。あるいは官民による島での経済活動の開始でもよい。

中国側の激しい反発が当然、予想されるが、アメリカ政府の姿勢をみれば、いまこそがその実効支配明示の絶好の機会だといえる。

中国海警局の武装艦艇の尖閣諸島の日本側の領海や接続水域への侵入は7月下旬には100日以上の連続を記録した。このままだと中国側は尖閣諸島(中国名は釣魚島)の主権と同時に施政権の確保さえも宣言しかねない。

日本の実効支配の実績がまったくなく、中国側はあたかも自国の領海、接続水域であるかのように自由自在に侵入してくるからだ。日本はもう尖閣諸島を失う瀬戸際に立たされているのである。

いまの尖閣諸島は完全に無人島なのだ。日本政府は尖閣を日本固有の領土と宣言しながら、日本国民の立ち入りも上陸も、滞在も居住もすべて禁止している。中国の反発を恐れてのことだろう。 

この状態はそもそも自民党の公約の違反である。自民党は2012年の総合政策集では「領土主権」への政策として以下を明記していた。

「尖閣諸島の実効支配強化と安定的な維持管理」という表題だった。

「わが国の領土でありながら無人島政策を続ける尖閣諸島について政策を見直し、実効支配を強化します。島を守るための公務員の常駐や周辺漁業環境の整備や支援策を検討し、島および海域の安定的な維持管理に努めます」

日本が尖閣諸島を奪われないためには、いまこそ日本の実効支配を内外に明示しなければならない。自衛隊あるいは他の公務員をまず尖閣諸島に上陸させ、滞在させることだろう。自衛隊の艦艇を尖閣の日本領海におくか、あるいは尖閣に停泊させることも有効な手段である。さらには日本の民間の漁業従事者などの尖閣諸島への上陸を認めてもよい。

日本がこうした措置をとれば中国は必ず威迫的な言動で反発するだろう。軍事的な挑発行動もとるだろう。そこから新たな日中紛争とか日中衝突という危機も生まれうる。

だが日本にとって現段階の国際環境は前述のように、かつてなく有利な状況にある。中国側の危険な軍事がらみの反発を抑制しうる有効なブレーキがいまなら存在するのである。この中国の危険な行動への抑止という状態はおそらく尖閣問題が日中間で紛争となって以来、初めての顕著な現象だといえる。

繰り返すが尖閣諸島対策での日本の現状維持は必ず尖閣の喪失につながっていく。日本の統治を明示しなければならないのだ。

【修正】2020年8月2日11時40分

旧:【まとめ】・米議会は南シナ海諸島での中国の領有権を明確に否定。 

新:【まとめ】・米議会は尖閣諸島での中国の領有権を明確に否定。  (南シナ海諸島を尖閣諸島に変更)

トップ写真:尖閣諸島魚釣島 出典:国交省


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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