無料会員募集中
.社会  投稿日:2020/9/18

生きる力 映画『ぼくのこわれないコンパス』


Japan In-depth 編集部(髙橋十詠)

【まとめ】

・来年、児童養護施設の子どもたちを描いたドキュメンタリー映画配信予定。

・「子ども」に寄り添うことが大切である反面、日本の子どもたちは取り残されがちな社会である。

・9月22日までクラウドファンディングで作品完成に向けた資金を募っている。

 

児童養護施設に暮らす子ども達を扱うドキュメンタリー映画『ぼくのこわれないコンパスが来年(2021)、公開予定だ。本作品の被写体となった、児童養護施設に暮らしていたトモヤ氏(21)と、本作のナレーションを務めた女優のサヘル・ローズ氏、そしてマット・ミラー監督を登壇者として迎え、9月14日にシンポジウムが開催され、個別インタビューでもお話を伺った。

 

・映画製作の経緯

本作品が誕生したきっかけは、マット監督の父親にある。彼は第二次世界大戦後、長崎県佐世保市で、アメリカ人の父親と日本人の母親の間に生まれた。後にネグレクトと暴力を受けるようになり、日本の養護施設で育ったという。

そんな父親を持つマット監督だが、自身は毎晩その日に起きた出来事や自分の感情を家族でシェアするような、絆の強い家庭で育った。しかし、母親の乳がんが原因で、次第に家族のコミュニケーションが難しくなっていったそうだ。そのタイミングで、父親のバックグラウンドを辿るべく来日した、マット監督が目にした日本の養護施設事情は、非常に心苦しいものであった。

「父のような思いをさせたくない。養護施設に関連した映画をつくり、必要としている人たちのリソースとして少しでも助けることができれば」と思い、映画製作に踏み切ったそうだ。

▲写真 マット・ミラー氏 ©Japan In-depth編集部

ナレーションを務めるサヘル氏は、この映画について

「美しく、透明で、聡明。支えとなる大人がいない子どもたちが、どのようなスピードで大人になっていくのか。何を抱えていくのか。言葉だけでなく、空気や視線など、子どもたちがだすモールス信号が浮かび上がってくる光の映画。観た人がひとりひとりのインナーチャイルドと出会い、みんな同じ子どもだということが伝わるのではないか」。

と感想を述べた。

 

・トモヤ氏との出会い

マット監督は、児童養護施設の子どもたちがアウトドアを通して、生きる力を育むことを目的とする認定特定非営利活動法人みらいの森を撮影してきた。しかし、18歳以下である施設の子どもたちはプライバシーの問題で、顔や名前を晒すことができない。保護者の同意も得られる環境ではない。そこで、施設を退所したトモヤ氏は、子どもたちの声なき声を代弁すべく、本作品の被写体となることを決意した。

トモヤ氏同様、孤児院で幼少期を過ごした背景を持つサヘル氏は、そんな彼を「鎧を外し、弱い部分をみせることはとても勇気がいること。21歳という若さでこのような決意をする姿をみて、強くなろうとしているトモヤが伝わってきた。」と讃えた。

祖父母の元で育てられたトモヤ氏の人生を一転させたのは、2011年に起きた東日本大震災だった。福島にいたトモヤ氏は、津波により家を失い、祖父母とも離ればなれになる。やがて、母親が迎えに来て、東京へ引っ越すことになった。当時を振り返り、トモヤ氏は「あまり嬉しくなかったし、東京へも行きたくなかった」というのが正直な気持ちだったという。

やがてネグレクトが目立つようになった。初期は「〇〇しなければ、ご飯はあげない」というものだったが、次第に言われたことをやっても食事が与えられない状態に変化した。また、部屋の外鍵をかけられ閉じ込められたり、1000円だけ置いて外出したまま、数日放置されるなどのことがあった。本人が虐待を受けている自覚を持ったのは保護された後で、「それが普通だと思っていた」というが、気づかないうちに精神がすり減っていったことは事実であった。

最終的に学校の健康診断で痣が発見されたことがきっかけで、そのまま保護されるに至ったが、身体の傷が見つかった時は、「見つかることが嫌で、わざと階段から落ちたこともある。痣の原因がばれ母親に伝わり、自分が怒られることになるのが怖かった。」と話した。

▲写真 トモヤ氏 ©Japan In-depth編集部

・施設での生活

不安から始まった施設での生活も、徐々に心を開き安心できる居場所になったようだ。しかし、保護者がいないことで背負う苦労は大きい。トモヤ氏が過ごした施設にはカウンセラーは1人のみで、どう考えても職員不足であった。

「0〜5歳で置かれる状況によって、その後の精神状態が左右される。

私は7歳から義母にたくさんの愛情をもらったが、過去に取り残してきた施設にいる頃の自分が未だに内在する。」

このように自身を振り返ったサヘル氏は、

「こどもたちは、他人の瞳に自分が映ることを求めている。モノを与えれば良いということではない。自分の存在を確認できる人を、誰しもが求めている。」と、ひとりひとりに対する心のケアの重要性を訴えた。

また、児童養護施設の多くは18歳になると退所しなければならない。分からないことだらけの子どもたちは、突然社会へ放り出されることになる。

サヘル氏は、「社会に出た後、どうやって生きていくのか。保証人になってくれる家族がいるわけでもなく、電気代の払い方も分からない。免許の取得にもお金が必要。孤立する子がたくさんいる。」と厳しい現実を話した。

▲写真 サヘル・ローズ (ヘアメイク:榊原美聖) ©Japan In-depth編集部

「退所すると、生活が180度かわる。一人暮らしになり、仕事以外はずっとひとり。施設にいたときの方が楽しかったと思うとこもある。一番驚いたのは、20歳になり年金についての手紙が届いたこと。」

と、トモヤ氏は施設を出たときの苦労を話した。

マット監督は、

「アメリカでは養子をもらう家庭がとても多く、かなり一般的である。さらに、ひとりひとりにカウンセラーもついている。政府が子どものケアに費やす資金が少なく、カウンセラーの数が圧倒的に不足しているのが日本の現状だ。これでは職員の精神がすり減るのも仕方なく、短い期間で辞職してしまう。子どもたちへの心のケアが行き届かない。」と、日本の課題を指摘した。

また、「子どもたちを変える前に、大人たちも変えなければならない」と主張するサヘル氏は、「大人が孤立し、ストレスのはけ口が分からず子どもに当たってしまう結果、子どもが傷つく負の連鎖がある」日本の社会について、疑問を投げかけた。

 

・本作品の意義

「養護施設で過ごす子どもたちが、少しでも心に余裕のある生活になってほしい」と願うトモヤ氏は、「作品を通しひとりでも多くの人に、自分だけでなく他にも同じ思いをしてる人がいることを知ってもらいたい」という思いを抱いている。

また、「声で関わるもうひとりの子どもとして作品に存在したい」とナレーションを務めたサヘル氏は、「映画を観た人が自分自身と向き合うきっかけになってほしい。保護された子たちは、皆と変わらない、同じ子どもだということを知ってほしい。この映画で大人も救われたら」と本作への期待を話した。

映画の中では、観た人を実際にアクションへと導く、ヒントが鏤めているという。「他人事ではなく、自分の子ども、または自分にも起こりうることだと気づいてほしい。そして、具体的に自分に何ができるのか考え、次へと繋ぐステップになれば良いと思う。」と、マット監督は作品に込めた想いを語った。

▲写真 © Japan In-depth 編集部

 

・映画に託す想い

この映画の製作は、コロナウイルスの影響で予定より遅れている。昨年の時点で映画の撮影は終盤に差し掛かっていたが、本作に関する記事が掲載されたおかげで、施設やケアワーカー、養子を迎えた家族など、サポート依頼の連絡を多々もらったという。

それを受けマット監督は、この作品は更なる深みを出せるはずだと、より良いものに仕上げるために追加で撮影を行った。しかし、想像以上のコロナウイルス感染症拡大の影響で、無償で働くことができなくなったスタッフが多く、チームをバラすことになったそうだ。それでもマット監督は想いをカタチにすることを諦めず、そのような困難を乗り越えて新たなスタッフを見つけ、現在あともう一押しのところまで辿り着いた。

マット監督は、「映画祭などに出したいと思っていたが、コロナで映画祭に出すメリットが少なくなった。代わりに、ストリーミングサービスなどを通し、より多くの人に届けばと思う。12月までに全ての編集作業を終える予定で、来年の冬には公開するのが目標。子どもたちのためにも皆とこのメッセージを広め、幼少期の在り方について一緒に考えていきたい。」と述べた。

その最後の一押しを実現させるために、クラウドファンディングで資金を集めている。目標金額は150万円で、達成しなかった場合は1円も受け取ることができない「All or Nothing」方式で寄付を募っている。達成しなければやりたいことはできないこと、そして日本でこの映画を出すことに大きな意味があると信じて疑わないマット監督の想いが現れている。

「子どもは国宝であり、自分らが与えたものを未来へ繋いでいく希望でもある。」

そう語るマット監督は、「必要なのは、自分の存在意義が実感できる“関心”、そして“愛情”である。それさえあればチャンスを得たり、自信を持つことに繋がり、困難があれど夢や希望をもって乗り越えていけるのではないか。」と話した。

映画は児童養護施設に特化しているが、伝えたいことは国籍や人種、家庭環境など関係なく、万人に共通しているということ。この映画を通して聞こえた声を知ることで、フィルターがとれ、自分と変わらない「同じ人間である」ことに気づくことができるのではないか。それが”関心”であり、“愛情”に繋がるのだろう。映画の配信が待ち遠しい。

▲写真 ©My Invincible Compass

 

クラウドファンディング(Kickstarter)のURL

https://bit.ly/3lyBW6o 9/22(火)17時まで。

■最新の予告編

Youtube:https://bit.ly/3jqJy96

■本編より8分のプレビューと監督の動画メッセージ

Youtube::https://bit.ly/34NvNgP

トップ写真:©My Invincible Compass

 

【訂正:2020年9月20日】

本記事(初掲載日2020年9月18日)中に誤った表現があったので、お詫びして以下のように訂正致します。

・「映画製作の経緯」中

誤)「次第に家族のコミュニケーションが減っていったそうだ。」

正)「次第に家族のコミュニケーションが難しくなっていったそうだ。」

・「施設での生活」中

誤)「アメリカでは養子をもらう家庭がとても多く、かなり普遍的である。」

正)「アメリカでは養子をもらう家庭がとても多く、かなり一般的である。」

 


copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."