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.経済  投稿日:2020/11/11

原発処理水、日本海溝放出検討を


石井正(時事総合研究所客員研究員)
「石井正の経済掘り下げ」

【まとめ】

・政府が処理水「海洋放出」決定を先送り。放出はIAEAも容認。

・日本海溝放出で「沿岸漁業の負担極小化」「EEZ内で完結」。

・頑丈なホース敷設は高コストだが、風評被害のコストを相殺。

東京電力福島第1原発から出る汚染水を浄化した放射性物質トリチウムを含む処理水の海洋放出をめぐる意思決定が先送りされた。

政府は、原発敷地内のタンクに貯蔵している処理水が2022年秋ごろには満杯になる上に、実行までに2年程度の準備期間が必要なため、決定を「先送りすることはできない」(菅義偉首相)と強調。10月27日に関係閣僚会議を開き、処理水を海洋放出する方針を決定する予定だった。

しかし、全国の漁連関係者の理解を十分得るための時間がなお必要と考えて延期した。併せて、この決定は国内外で摩擦要因となる恐れがあるため、あえてこの時期に決めることは得策でないと判断した模様だ。

原発敷地内のタンクに貯蔵している処理水には、除去が難しい半減期12年の放射性物質トリチウム(三重水素)が含まれている。ただ、福島第1原発の処理水に含まれるトリチウムを1年で海に流しても、周辺住民の年間被曝線量は自然界から受ける線量の1000分の1未満にとどまるとされており、国際原子力機関(IAEA)もこの海洋放出案については「技術的に実行可能で、国際的慣例にも沿っている」と肯定的に受け止めている

▲写真 放射性物質を取り除く浄化処理されたALPS処理水(2020年3月16日)
出典:経済産業省資源エネルギー庁ホームーページ

しかし、風評被害を抑え込むことは容易ではなく、収まりかけている沿岸漁業などへの被害が再度拡大する公算は大きい。

政府はこれまで処理水について、水で薄めて海に流す「海洋放出」、蒸発させて大気中に放出する「水蒸気放出」、「海洋放出と水蒸気放出の2案の併用」とする3つの案に加えて、地下への注入や埋設水素に変えての放出なども検討した。ただ、過去に実施例もあり、技術的にも現実味のある「海洋放出」と「水蒸気放出」を軸に検討し、海洋放出する方針を固めている。

海洋放出については、福島市の木幡浩市長が、福島県沖で放出すれば、「風評被害を受ける」とした上で、「タンカーで、影響の少ないところで実施すべきだ」などと主張、「福島第1原発の発電で恩恵を受けたところで放棄するのが筋」として、首都圏などでの放出を暗に求めている。

風評被害を少しでも軽減させようとタンカーでの遠洋運搬・放出などの案が出てくるのは無理もない。現行プランでは、沿岸部分での放出となるため沿岸漁業に風評被害が広がる可能性は小さくないためだ。

そこで検討対象にもなると目されるのが、強く丈夫なホースで沿岸部分から外洋に延々と持ち出し、深い日本海溝に放出する手法だ。日本海溝は本州の太平洋側沿岸から約200km離れており、深さは最深部が8020メートル。太平洋の平均深度は4188メートルなので、広い太平洋からみれば本土から比較的近いところに極めて深い海が存在する。

▲画像 日本海溝の位置(赤線) 出典:Peka

そこまで放出部処をホースで持ち込むコストは小さくはない。だが、この案にはいくつかのメリットがある。最も大きいのは沿岸漁業へのストレスを極小化できる点だ。併せて、日本の領海基線から200海里、370.4キロメートルまでを包含する排他的経済水域(EEZ)内という、いわば自国海域でことを済ませることが可能になる点は大きい。

韓国や中国は「汚染水・処理水」放出がそれぞれの国に影響を及ぼすとしている。だが、日本が今回進める海洋放出は、IAEAも「国際的慣例に沿っている」と容認している。その上に韓国や中国からさらに遠く、一段と深い海に放出しようとするもので、反発度合いを抑え込むことも可能になる。

今回の海洋放出は、実に数十年掛かりの長期的な作業となる。その時間的な要素も勘案すれば、長大で丈夫なホースの敷設に要するコストは風評被害の広がりに伴うデメリットを相殺して余りあるのではないか。猛烈な圧力が掛かる深海に放出することについては研究者の判断も必要になろう。逆流を防ぐために中途で加圧する仕組みなどを設け、それ相応の頑丈なホースを敷設すれば不安は消えるだろう。

福島県の漁業関係者をはじめとする方々の負担をなるべく軽減させるべく「百年の計」ならぬ「数十年の計」として強く長いホースでの日本海溝放出も俎上に乗せてみる必要があるだろう。

(了)

トップ写真 福島第一原発の処理水タンク(2020年2月26日)
出典:IAEA Imagebank(Photo by Dean Calma / IAEA)


この記事を書いた人
石井正時事総合研究所客員研究員

1949年生まれ、1971年中大法科卒。

時事通信社入社後は浦和支局で警察を担当した以外は一貫して経済畑。

1987年から1992年までNY特派員。編集局総務、解説委員などを歴任。

時事総合研究所客員研究員。

石井正

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