前途多難なマイナカード普及【菅政権に問う】
石井正(時事総合研究所客員研究員)
「石井正の経済掘り下げ」
【まとめ】
・菅政権、デジタル先進国・日本の構築に向けマイナカード普及に注力。
・カードがらみの犯罪増加や都市部/地方の関心の差が普及の障壁。
・「国民総背番号制」に対する忌避感がデジタル国家創設最大の障壁。
菅政権の戦略は、本格政権づくりのために、来年秋までに必ず到来する解散・総選挙を勝ち抜くこと。そのために、携帯料金引き下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁の創設という有権者にアピールする菅政権版「3本の矢」で確実な成果を挙げることが至上命題となっている。
その先に菅政権が見据えているのがデジタル先進国・日本の構築。その手始めとして、マイナンバーカードの普及に全力投球する構えだ。
同カードが行き渡れば国や自治体レベルでの目詰まりは解消、大幅な行政コストの削減と、行政サービスの円滑な展開が実現する。また、5G、6Gという世界と切り結ぶ戦いの展望も開けてくる。
菅首相に対しては、携帯料金下げなどの小技は目立つが、どんな国づくりを目指すのか見えないとする批判が強い。そうした批判をかわすためにも「デジタル先進国家づくり」は格好の旗印にもなるのだ。
ただ、デジタル国家への先兵を務めるマイナンバーカードの行く手は平坦ではない。折悪しく、ゆうちょ銀行など有力金融機関を舞台にしたカードがらみの犯罪が多発しカードの印象が悪くなった。また、都市部に比べて地方ではカードへの関心の薄さが続いているのも気懸かり材料となっている。
住民サービス向上の手掛かりとする銀行口座のひも付けについても、国家に資産内容を知られるのではないかとの疑念を払しょくできないままで、住民の動きに勢いは乏しい。同カードづくりの起爆剤と構想された「マイナンバーカードの所有者に最大5千円分を還元するマイナポイント制度」も、手続きの煩わしさなどから期待したほどの伸びに結びついていない。
今年4月以降、全国民を対象とした10万円の特別定額給付金の支給をめぐる騒動が発生した。その主因は行政の目詰まりだった。同給付金の早期受け取りにマイナンバーカードが有効とされたことから、自治体窓口にはカードの発行と給付金の申請を急ぐ住民が殺到して混乱、最終的には政権の評価も下げる結果となってしまった。これを受けて安倍前政権は同カードを全国民に普及する好機と捉えて動き、菅政権もそれを引き継いだ。
2016年に実質スタートした同カードは、思ったほど行き渡らず、このままでは、02年に稼働を開始して15年末に事実上の店じまいをした住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)の二の舞いかと危惧されていた。
そこへ「10万円騒動」から同カードづくりへの追い風が吹き始めたが、相次ぐ混乱劇から熱気も冷めていった。そこで、マイナポイント制度を追い風第2弾にしようと考えたわけだ。確かに今年1月20日時点のマイナンバーカード普及率は15.0%だったのに、10月1日時点では20.5%となったのだから、総体的に督励効果はあったと言えよう。
しかし、カード専門家は「手続きが煩わい割に5千円のポイントは魅力的ではない」と指摘する。また、キャッシュレス決済に慣れている若年層でさえも動きは鈍く、都市部と地方の動きを見ても、都区部が25.6%なのに対し、町村部では17.7%どまりと格差が生じている。
さらに、銀行口座とひも付けすると言われた途端に「我が家の資産をお国に知られてしまう」との思いが働き出した。このため、政府は今回「銀行口座ひも付け」は義務化しないと繰り返し言っている。とはいえ、国民の間にある「国民総背番号制」に対する忌避感は根強く、これが菅政権の大目標であるデジタル国家づくりの最大の障害となることは確実だ。
携帯料金下げなど、緒戦では赫々たる戦果を挙げる菅政権だが、その先にはどうやら容易ではない魔物が手ぐすねをひいているように見える。
(了)
トップ写真:デジタル改革関係閣僚会議にて発言する菅総理 出典:首相官邸
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この記事を書いた人
石井正時事総合研究所客員研究員
1949年生まれ、1971年中大法科卒。
時事通信社入社後は浦和支局で警察を担当した以外は一貫して経済畑。
1987年から1992年までNY特派員。編集局総務、解説委員などを歴任。
時事総合研究所客員研究員。