米大統領選、世論調査こそ敗者
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・事前の世論調査は大きく外れ、「敗者」「大失態」との指摘も。
・トランプ氏は黒人、ヒスパニック、アジア系でも得票率伸ばす。
・大メディアと世論調査機関の「複合体」のあり方は深刻な課題。
アメリカの大統領選挙もやっと投票と開票が終わった。「やっと」とあえて書くのは、これまでの山あり、谷ありのプロセスがあまりに長かったからである。単に長いだけでなく、波乱万丈、劇的な激しい攻防がこれでもか、これでもか、と続いてきた。民主主義とはあまりに疲れる政治の定型なのだろうか。
とにかくドナルド・トランプという異端の人物を中心に展開する異様な政治展開のうねりに、これまたさらに異様な中国発の新型コロナウイルスの大感染という緊急事態がからみあっての選挙キャンペーンだったのである。
さてこの選挙戦は民主党のジョセフ・バイデン前副大統領が勝利を確実にしたようである。
ここでもあえて「ようである」と余韻を持たせた記述をあえて使うのは、トランプ大統領がまだ敗北を認めず、選挙自体に不正があるという訴訟を起こしているからだ。厳密にみれば、最終の結果は確定はしていない。
そのうえに、アメリカの憲法や選挙関連の法律に基づく正規の手続きのうえでも、次期大統領がバイデン氏になるという公式の確定はまだである。その究極の最終期限は来年1月6日の連邦議会の合同会議開催時なのだ。
さてそんな流れを踏まえたうえで、今回の大統領選挙を眺めると、そこに浮かぶ課題、問題、教訓、挑戦、欠陥などは山のようにある。そのそれぞれがこんごの検証や反省の対象である。
だがここではまず選挙の行方を占ってきた世論調査について考察しよう。
この選挙では結果を展望する最大指針ともされた事前の世論調査がまた大きく的を外した。
選挙戦ではバイデン候補の圧倒的優位を調査機関が発表し、民主党支持の大手メディアがその優位を強調するというパターンが一貫して続いた。だが開票ではトランプ大統領が予想外に多くの票を集め、史上でも稀な大接戦となった。
開票後の回顧ではこの世論調査こそこんどの選挙での最大の敗者だったのだとする総括がまじめに語られるようになった。
たとえばワシントンを舞台とする政治専門新聞の『ヒル』は「この選挙戦での最大の敗者は世論調査機関だ」という見出しの巻頭論文を掲載した。その他のメディアや専門家の反省をもこめた同趣旨の総括がいっせいに広まった。
民主党支持の総合雑誌『アトランティック』でさえ「世論調査の大失態はアメリカ民主主義の危機となる」と論評した。そのうえで錯誤の張本人としてニューヨーク・タイムズ系、「538(FiveThrityEight)」(大手世論調査機関)、エコノミスト系の各世論調査発表を指摘していた。
なにしろこの種の調査は事前にはバイデン候補の確勝しかも圧勝を予告していたのだ。その予告を受けた民主党支持のメディアは民主党の「巨大な青い波」が全米を覆うと報じていた。トランプ大統領が制した競合州のフロリダやオハイオについても最後までバイデン勝利を予言していたのだ。
「青」とは民主党のシンボルのカラーである。
この種の読みの背後にはいまのアメリカ社会ではトランプ大統領の偏狭な統治のために人種差別や貧富の格差が深刻となったという断定があった。
だが現実の投票の出口調査ではトランプ大統領は黒人では前回の8%から12%、ヒスパニック系では28%から32%、アジア系では27%から31%にそれぞれ得票率を増やしたことが判明した。
しかも同大統領と一体の共和党は上院では多数派を保持する勢いを示し、下院では多数派の民主党から数議席を奪った。要するに「青い巨波」は打ち寄せなかったのだ。むしろ共和党のカラーの「赤い波」の勢いが目立ったとさえいえるのだ。
しかもその「青い波」が立証するはずだったトランプ統治、共和党政治の悪の弊害はそもそも幻だったのかもしれないという重大な疑問が提起されたのだ。
それでもバイデン候補と民主党は優勢である。だがこの事前の世論調査とその特定な錯誤の傾向を誇大に報じた大手メディアのあり方はアメリカの政治動向の根幹にかかわる深刻な課題なのである。
私は1976年以来、アメリカ大統領選の現地での取材は8回を重ねてきた。その経験でも今回はあまりに異例だった。その異様な現象の1つはアメリカの主要メディアのあまりに極端な民主党支援とトランプ大統領攻撃だった。
11月14日に首都ワシントンで開かれたトランプ大統領支援の大集会でも、一部に暴力行為があり、負傷者や逮捕者が出たが、負傷したのはほぼ全員、バイデン支持側の過激な分子から攻撃を受けたトランプ支持者たちだった。だがアメリカの大手メディアのほとんどはその事実を詳しくは報じていない。中立あるいは保守派支持のウォールストリート・ジャーナルやFOXテレビが報道するだけなのだ。
民主党支持の大手メディアは世論調査にも関与する。そのメディアと世論調査機関との複合体が投影するアメリカの社会や政治が果たして正確な実体なのか。
この点の慎重な再考こそが今回のアメリカ大統領選の日本側にとっての教訓であろう。その教訓は来年の大統領が誰になるかという予測をも越える長期の含蓄さえ含むだろう。
トップ写真:選挙キャンペーン中のトランプ大統領(2020年9月) 出典:Donald J. Trump facebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。