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.国際  投稿日:2020/10/20

米大統領選とメディア その2 私も偏向報道の被害を受けた


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・過去の大統領選で読み違え。米メディアは伝統的に民主党支持。

・メディア幹部が民主党政権高官に。記者が民主党員のことも。

・トランプ氏は民主党支持のメディアに正面から挑んだ政治家。

トランプ大統領にとってはコロナウイルスと戦ううえでも、中国と対決していくうえでも、再選を果たすうえでも、アメリカのメディアが内なる敵として立ちふさがっているのである。

アメリカの大統領にとってアメリカの新聞やテレビが敵だと述べることは奇異かもしれない。しかし現実にトランプ陣営にとって政治面での敵は野党の民主党とともに、その民主党に密着した大手メディアなのである。

私自身の体験を述べよう。

前述のようにワシントンでじっくり腰をすえて取材にあたった最初の大統領選挙は1980年だった。民主党の現職ジミー・カーター大統領と共和党ロナルド・レーガン候補との対決を報道した。

その過程では自分で直接に両候補の選挙キャンペーンを見聞し、演説や討論をも視聴した。だが情報量の豊富なアメリカ側のメディアではニューヨーク・タイムズとCBSテレビの報道や予測を参考にした。そしてカーター大統領が勝利するだろうと確信した。

だが結果はレーガン候補の歴史的な大勝だった。私がその両メディアから得ていた情報や判断はまったくまちがっていたのだ。

▲写真 1980年大統領選を戦った共和党のロナルド・レーガン氏(左)と民主党のジミー・カーター氏(右) 出典:いずれもパブリック・ドメイン

当時、新聞では最有力のニューヨーク・タイムズも、全米テレビでは視聴率最高のCBSも、カーター大統領が政治家としてはレーガン氏よりずっと優れており、全米レベルでも人気が高い、という構図をずっと描いていたのである。

当時はいまのような世論調査が少なかった。

だから日本人特派員にとってアメリカ側の新聞やテレビの報道、論評に依存する度合いが最近よりはずっと高かったのだ。その結果、読みをまちがったのである。

その理由はごく簡単だった。

ニューヨーク・タイムズもCBSも民主党リベラルのカーター大統領を支援していたのだ。共和党保守のレーガン候補には批判的だった。欠点を強調し、草の根でのレーガン人気を過少評価していた。それを読み、視聴すれば、どうしてもカーター大統領が選挙に勝つだろうと思いこんでしまうわけだ。

この偏向を当時の私は知らなかったのである。さすがに毎日新聞に誤報を載せることはなかったが、この際の自分の判断ミスは痛烈な教訓だった。

この時期からアメリカの主要メディアの多くは伝統的に民主党支持だということを知った。その「支持」も中途半端ではない。記者も編集者も大多数が民主党の党員あるいは登録支持者なのだった。

それらメディアの幹部たちがときの民主党政権に高官として勤めることも、ごくふつうだった。大統領が共和党になれば、また元のメディアにもどってくるのだ。そんな動きは「回転ドア」とも呼ばれていた。

その一方、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CBSなどは、それぞれ立派な報道機関でもあった。CNNはまだ存在しなかった。

それらの大メディアは日ごろは国内、国際のニュースを幅広く、綿密に、そして客観的に報じていた。世界のジャーナリズムの規範になるだけの資質を有するともいえた。

ところが国内の政治、とくに選挙となると、ふだんのその客観性をかなぐり捨てるように、民主党を支援するのである。そして共和党にはことさら冷淡、あるいは攻撃的にさえなる。ときの政権に対する批判も相手が民主党か共和党かでまったく異なってくる

アメリカン・ジャーナリズムの輝かしい調査報道として有名なウォーターゲート事件にしても、追及する対象が共和党のリチャード・ニクソン大統領だったからこそだった。民主党のクリントン大統領、オバマ大統領の疑惑には鋭いホコ先は向けないのだ。

私自身、アメリカの議会の共和党メンバーたちから何度も聞いた言葉を思い出す。

「私たちが選挙戦で自分の議席確保から大統領選での応援までキャンペーンをするときの敵はいつも二つある。一つは民主党の相手、もう一つは民主党びいきの主要メディアだ」

共和党の政治家たちはそんな苦情をこぼしながらも、民主党びいきのメディアの偏向を正面から非難することは、まずなかった。

ところがドナルド・トランプ氏は主要な政治家としては初めて民主党支持のメディアに対して正面からの敵対姿勢を鮮明にしたのだ。

それらメディアは前回の選挙戦中からトランプ氏を批判する発信が多かった。トランプ大統領誕生が決まると、それこそ電氣に触れたような勢いでその批判をエスカレートさせた。反トランプの大報道を展開し始めたのだ。

その中核となったのが前述のニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNだった。

その反トランプ傾向に歩調を合わせる他のメディアも多かった。ニューズウィーク、タイムというニュース週刊誌、テレビの地上波ではCBS、NBC、ABCという三大ネットワークなどの最大手がトランプ大統領への批判的なスタンスを程度の差こそあれ、はっきりとさせていた。

とくに激烈な反トランプ基調では有線ニューステレビのMSNBCが目立った。

その3につづく。その1。全5回)

*この記事は一般財団法人「交詢社」発行の「交詢雑誌」令和二年九月特集号に「アメリカ大統領選とメディア」という題で掲載された古森義久氏の寄稿論文の転載です。

トップ写真:トランプ米大統領(2020年10月13日 米・ペンシルベニア州)出典:The White House facebook


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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