キューバ新体制にカストロ家の影
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・4月にラウル・カストロ第1書記引退、ディアスカネル大統領が後継。
・ラウル氏の子息や元女婿が陰の実力者、新体制の基盤は不安定。
・ディアスカネル大統領の経済改革案、本来の改革・開放とは無関係。
■「当分はラウル氏院政」との見方も
キューバにとって2021年は歴史的転機となる年である。
4月に開催する第8回共産党大会で党のトップであるラウル・カストロ第1書記が退任する見通しだ。これにより、実兄の故フィデル・カストロ氏が率いた1959年のキューバ革命以来続いてきたカストロ兄弟の支配体制が終わり、ディアスカネル大統領を党第1書記とする新たな体制がスタートする。
▲写真 ディアスカネルキューバ大統領 2019年10月17日メキシコ公式訪問 出典:Hector Vivas/Getty Images
最大の関心はディアスカネル氏が果たしてどれだけ新リーダーとして独自の政策を打ち出すことができるかだ。「ディアスカネル氏の権力はまだ固まっておらず、リーダシップを発揮できるような状況ではない」(長年キューバ事情を研究するペルー・カトリカ大の政治学者)とみる中南米専門家は多い。
こうした専門家の意見に共通するのは、キューバ政治におけるカストロ一族の影響力を強調する見方である。ディアスカネル大統領は優秀なテクノクラートで、ラウル氏が自らの後継者として選んだ人物とされ、同大統領とマレロ首相による二人の指導体制への移行もスムースに行われるとの予想が一般的。だが、「当分の間はラウル氏の事実上の院政が続く可能性が大きい」(前述のペルー・カトリカ大政治学者)との説が取り沙汰されている。
■“陰の実力者ナンバーワン”は軍の企業統括組織トップか
ラウル氏の影響力が残るとみる根拠は、同氏の身内に政治発言力を増している実力者2人の存在である。一人はラウル氏の息子であるアレハンドロ・カストロ氏。アレハンドロ氏は今年56歳。61歳のディアスカネル大統領とはそれほど年も違わないが、強硬な反米主義者といわれる。
在京キューバ大使館関係者によれば、同氏は軍人出身で、内務省で情報部門の責任者の地位についていたが、ラウル氏が党と政府の権力を掌握するのに伴い、父親の個人的顧問として数々の重要な政治決定に関与するようになったという。
2015年4月、キューバ国家評議会議長だったラウル氏が当時のオバマ米大統領との間で1956年以来初の両国首脳会談を行った際にも、アレハンドロ氏が同行しており、そのころから政治の表舞台にも登場するようになったようだ。
一時は「ラウル氏の後継者」とうわさされたこともある。もう一人の実力者はラウル氏の娘と結婚、その後離婚した元女婿、ルイス・アルベルト・ロドリゲス氏。ロドリゲス氏は革命軍事省傘下の企業統括組織のトップとしてキューバ企業の大半を支配下に置くとされる人物だ。米政府は昨年、同氏を制裁の対象に加えている。「ロドリゲス氏はアレハンドロ氏を上回る陰の実力者ナンバーワンで、その影響力をディアスカネル大統領は無視できないだろう」(米マイアミのネットメディア)との声も聞かれる。
■ 最近の経済改革は危機脱却への“苦肉の策”
ディアスカネル大統領は年初来、通貨ペソの切り下げや二重通貨制の廃止、自営業認可の大幅拡大など相次いで経済改革策を打ち出した。一連の改革策について「キューバがいよいよ、本格的な改革・開放に向かう前兆」(スペインの有力メディア)「バイデン米新政権発足に伴い対米関係の改善を目指す可能性も」(米マイアミのネットメディア)といった分析もある。
しかし、米国の中南米問題専門シンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」(IAD)の専門家は「過去30年で最悪の経済危機から脱却するための“苦肉の策”で、本来の改革・開放政策や対米関係とは無関係」と指摘する。
実際、キューバ経済はトランプ前米大統領による経済制裁の強化に新型コロナウイルスの打撃も加わり、深刻さを増している。2020年の経済成長率がマイナス11%に落ち込むと予想され、物不足が深刻化し、国民の不満が増大する中、デモが急増しているとの情報もある。ディアスカネル新体制が独自の路線を打ち出すとしても、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。
(了)
トップ写真:ラウル・カストロ キューバ第1書記 グアンタナモにて 2012年7月26日:1953年にフィデル・カストロが率いるモンカダ兵営の攻撃59周年を記念するイベントに出席した。 出典:Sven Creutzmann/Mambo photo/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、