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.国際  投稿日:2021/1/3

多国間主義復活を期待【2021年を占う!】国際関係


植木安弘(上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

【まとめ】

・バイデン次期米大統領、多国間主義への回帰を目指す。

・コロナ禍もあり、多国間主義は後退している。

・日本は、多国間主義復活促進のための積極的な政策を。

コロナ禍に翻弄された2020年が終わり、ドナルド・トランプに振り回された4年が終わり、2021年は、「普通の生活」への回帰と多国間主義の復活が期待される年となりそうだ。しかし、この回帰は、単に元の時代に戻るのではなく、これまでのあり方を再点検し、新しい方向性を模索する大きな契機とすべきものである。

ジョー・バイデン次期米大統領は、1月20日の就任後直ちに多国間主義への回帰を宣言している。気候変動へのグローバルな対応を定めたパリ協定や世界保健機関(WHO)への復帰に加えて、イラン核合意再加入へ向けた動き、国連の人権理事会でのより積極系な関与、国連人口基金(UNFPA)や世界貿易機関(WTO)などでの財政的貢献の復活や貿易紛争解決メカニズムの正常化などに寄与するものと予想される。さらに、西側同盟諸国との関係など二国間関係でも改善が期待される。

しかし、バイデン政権の優先課題は、新型コロナによるパンデミックの一刻も早い克服と経済の立て直しのため、当面は国内重視の観点からの政策が打ち出されるだろう。

パンデミックへの対応ではワクチンの国内での普及が最優先となるが、パンデミックは国境を越えたグローバルな問題だけに、ワクチンのグローバルな普及に向けた対応に国連やEUと並んで米国がどの程度貢献できるか注目される。

▲写真 新型コロナ検査キット配布準備をするニューヨーク陸軍州兵、2020年5月26日(ニューヨーク州ブロンクス) 出典:New York National Guard  (U.S. Air National Guard photo by Senior Airman Sean Madden)

米国は、オバマ政権時代積極的なエボラ出血熱対策を打ち出し、予防体制の構築から対処へのロジ面での支援としての軍の派遣、西アフリカ諸国への保健支援などで大きな貢献を果たした経験から、バイデン次期大統領も国境を越えた支援に意欲を見せている。

パンデミックでは、中国の医療外交で途上国支援に遅れを取っているだけに、ワクチンの開発と普及で一歩先を行く米国は、ワクチン外交での自らの影響力の回復が政治的な要素も含んでいることを認識している。ただ、コロナ禍の発生源の調査とWHOの国際保健分野でのガバナンス能力の強化にどのような姿勢で臨むのかについてはまだ不明の点も多く、また、中国との摩擦も予想される。

中国は、WHOによるコロナ禍の発生源調査にはあまり協力的でなく、WHOへの財政貢献の増加や途上国への支援を通じてWHO内で政治的影響力を増している。米国としては、西側諸国と協調してWHO改革を推進していくのが最善策であるが、具体的な方針を決めるのには少し時間がかかるだろう。

気候変動への対処については、国際的な足並みが揃いつつある。パリ協定は、条約であるが各国の温暖化ガスの削減や気候変動への努力を促したもので強制力はない。しかし、米国のパリ協定の復帰は国際社会が気候変動対策で足並みを揃えることになり、脱炭素化を含む温室効果ガスゼロへの動きを加速することになる。

EUや日本は2050年までに、中国は2060年までに脱炭素化を実現するとの意向を表明しており、次期バイデン大統領も2050年まで脱炭素化を目指すことを明言している。

ロシアやインドなども漸次的に脱炭素化に取り組む姿勢を見せている。国連は、気候変動問題は人類にとって死活的問題であることを指摘してきたが、これまでにない多くの異常気象が頻繁に起こり、経済や社会、そして人命に大きな影響を与えることが現実の問題として強く認識されるようになったことが、気候変動への対処の動きを加速化して、国際協調を促すことに繋がっている。

ただ、脱炭素化には技術開発面での競争や困難、経済性、資金不足、雇用への影響などもあり、多国間主義をどのように促進するかは、単に国家間レベルの問題だけではなく、より広い市民社会の参画と努力が必要となる。

コロナ禍で大きく後退したのが、2030年までに達成しようとしている持続可能な開発目標(SDGsである。第一の目標である「貧困の撲滅」では、既に世銀などが2020年末までには8800万人から1億1500万人が新たに極度の貧困(1日あたり1ドル90セント以下の生活)に陥ると予測しており、南アジアやサブ・サハラのアフリカでの影響が特に大きい。

▲写真 持続可能な開発目標(SDGs)目標1 貧困をなくそう(イメージ) 出典:UNDP

これらの人達の多くが製造業やインフォーマルセクター、サービス業の労働者で、ロックダウンや移動制限の影響を受けている。食料の安全保障も急激に悪化しており、国連食糧農業機関(FAO)は、1億人前後が新たに栄養不足に苦しむことになると予測している。さらに、教育への影響も深刻で、ユネスコなどは、特に女の子の場合、約1億1000万人が学校に戻ってこないだろうとしている。

パンデミックの影響は、特に紛争地域や脆弱国で深刻で、コンゴ民主共和国やナイジェリア北東部、アフリカ北西部のサヘル地方、南スーダン、イェメンだけでも、1000万人を超える子供が飢餓直前の状況だと、ユニセフが警告している。

経済から医療・保健へのアクセスまで、国家間そして国内での格差が拡大しており、パンデミックが収まらない限り、この格差はさらに拡大し、SDGsをさらに後退させることになる。ワクチンの開発と接種の始まりでパンデミック終息への明かりが見えてきたが、グローバルなワクチンの展開には相当な時間がかかるとみられるため、当面、貧困層への公的支援と債務の削減やワクチンの安価ないし無料の配布などの途上国支援が必要となる。

多国間主義は、軍縮面でも大きく後退してきている。米国は、2019年にロシアとの中距離核戦力全廃条約(INF条約)から撤退し、2021年に期限を迎える新戦略核兵器削減条約(新START条約)についても、その延長に関して米ロの対立は続いている。

米国は宇宙部隊を創設し、宇宙空間での軍拡競争に乗り出しており、中国の軍事力増強と並んで、軍縮への動きに逆行している。2017年に国連総会で採択された核兵器禁止条約は、2020年末までに発効に必要な批准を得て、2021年1月22日に発効するが、核兵器保有国や核抑止力に自国の安全保障を委ねる国々は条約を受け入れていない。

また、唯一の軍縮交渉機関である軍縮会議(CD)も実質的な交渉が行えない状態が続いている。国連は2018年に「軍縮アジェンダ」を発表し、大量破壊兵器や通常兵器、新たな軍事技術への対応での国際協調行動を促しているが、まず米ロの軍縮交渉での具体的進展がみられるかどうかが当面の焦点で、ミサイル防衛技術の進展を含む軍拡競争は暫く続きことが予想されるため、当面政治的緊張緩和の促進や通常兵器やAIを含む新たな軍事技術の開発の抑制に努力を傾注せざるを得ないであろう。

人権分野での国際協調も、ここ暫く後退の動きを見せてきていた。2018年の米国の人権理事会からの離脱は、人権問題で指導的役割を果たしてきた米国の後退を意味しただけではなく、人権侵害に対する国際社会全体の対応の消極性を意味した。

シリアやミヤンマーにおける人権侵害調査は、ロシアや中国の抵抗によって大きくは進展せず、当事国の協力も得られていない。中国による新疆ウイグル族の人権侵害や香港での民主化弾圧に対しても西側諸国は有効な対策を取れていない。

中国やロシアは、キューバなどと並んで2019年10月に人権理事会に再選されているが、アジア・太平洋グループから立候補したサウジアラビアは落選した。米国のバイデン次期大統領は、人権重視の外交に転換することが期待されているため、中国やロシアとの間で人権をめぐり緊張が高まることが予想される。ただ、人権はそれぞれの国の内政と密接に絡み合っているため、権威主義的体制の国々に対する人権外交には困難が伴う。

米国の多国間主義への復帰は、そのまま国家間の緊張や対立の解消に繋がるわけではなく、気候変動など国益が合致するところでは協調し、ワクチン外交などでは競争し、人権問題などでは対立を深めるといった多重な国際関係の一年となろう。国際情勢が複雑に揺れ動く中で、国連は国際社会の「共通の課題」を模索して、9月の次の総会で多国間主義の再生にどのように貢献できるか提言することになる。

日本は、ようやく温暖化対策に本腰を挙げたが、ワクチン開発やデジタル化ではかなりの遅れをとり、安倍政権から引き継いだ「開かれたアジア・太平洋」路線を継承してはいるものの、多国間外交を推進する確固たる方針は見えていないように思われる。

日本は、2022年に再度安全保障理事会(安保理)の非常任理事国に立候補するが、国連を通じた国際平和と安全保障促進でも明確な独自の外交政策を打ち出しているわけではなく、また、安保理改革を実現する現実的政策への転換をしているわけではない。WHO改革や途上国へのワクチン供給などに向けた国際保健分野での貢献やWTO改革、軍縮、さらにSDGsで後退している途上国への支援など、多国間主義復活を促進するための積極的な政策が望まれる。

トップ写真:パリ協定採択 COP21本会議(パリ 2018年) 出典:UNclimatechange




この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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