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IT/メディア  投稿日:2014/5/14

[熊坂仁美]<Twitterの炎上>ジョークをジョークで楽しめない日本にもはや言論の自由はない


熊坂仁美(ソーシャルメディアプロデューサー)

執筆記事プロフィールTwitterFacebook | Blog

つい最近、私の大好きなコラムニストのOさんのTwitterが炎上した。

ある冗談ツイートが原因で、市民団体系の方に集中砲火を浴びているのだ。「Oさん」と匿名にするのは、いまOさんを擁護する文章を書こうものなら、こちらにも火の粉がびゅんびゅん飛んできそうだから。Oさんと個人的なおつきあいもない、いちファンに過ぎない私は、チキン(臆病者)と言われようが、事のなりゆきを見守るだけの静かな野次馬に徹しているのが一番賢い。延焼してしまうと仕事にも影響するだろうし。

と、ここまで書いて気づいた。もはや日本に言論の自由はない。原発やら放射線やら慰安婦やら靖国やら、そういった地雷的な話題は言うに及ばず、世を騒がす話題に関してちょっとでも過激な意見を言ったら最後、反発勢力から集中砲火を浴びる。

Facebookなら友達という「柵」があるからまだ安全だけど、Twitterやブログなどのオープンネットワークでの発言は、炎上し、つるし上げられ、まとめられ、過去を暴き出され、痛くない腹を探られ、「傷ついた人」あるいは「傷ついたであろう人」「それを代弁する人」に対して謝罪を求められるなど、さんざんな目に合う。ちょっと目立っている人や発言力がある人だとなおさらだ。

だから、自分の意見は不用意にTwitterでつぶやいたりせず、職場や居酒屋や家族での会話にとどめておくのが今どきの「ネット処世術」だ。火中の栗を拾うのは当事者か、「炎上ものともせず」なネットの猛者(もさ)だけ。

こうなると、当たり障りのないことを書くしなかい。面白いことが書けない。そして日本のインターネットはつまらなくなっていく。そもそもインターネットというのは言葉を発信することよって世界を広げているものであるはずが、逆に狭くなってきているのはなんとも皮肉な話だ。

さてOさんの話。 Oさんは、深い洞察力と抜群のユーモアのセンスで世相をうまくあぶり出す、実に優秀なコラムニストで、私は深く尊敬し、毎週の更新を楽しみにしている。海外のコラムニストでは知的なジョークを書ける人はたくさんいるが、日本で、ジョークがちりばめられた文章を書ける人は少なく、Oさんはそういう意味で希有な書き手と言える。

Oさんのユーモアはどちらかというとブラック気味、つまり風刺が効いたスレスレが多い(だからこそ面白いのだ)。そしてそれはダジャレという形で出ることが多く、特にTwitterではダジャレ連発。フォロワーに対してというよりは、言葉遊びを自分で楽しんでいるように見える。

ダジャレというのはオヤジギャグのように馬鹿にされがちだけど、実は、「一つの言葉に二つの意味を持たせる」という、言葉のセンスがないと思いつかない高度なジョークだ。最近、自分がどんなダジャレを言ったかというと、全く思い出せないし、ダジャレを言おうとすると言葉につまる。そう考えると、O氏がいかに言葉にこだわりと執着を持つ一流の「日本語のプロ」であるかがわかり、改めて敬服するのだ。

今回炎上したツイートも、ダジャレだった。

私はそのツイートはほぼリアルタイムで見ていたのだが、秀逸なジョークで大笑いした。「うまい!」と座布団3枚あげたくなるほど。言葉だけを取ると確かに過激だけれど、そこに至るまでの文脈の中で見れば、言った本人に差別的な意図がなかったことぐらいすぐにわかる。

しかし残念なことに、その言葉だけが切り取られ大騒ぎになった。単語が一人歩きするのはネットの宿命で、いつものパターンだ。炎上のきざしが見えるやいなや第三者によってTogetterにまとめられ、それがTwitterでバズを起こし、はてぶが相当数つき、「殺してやる」的な言葉を発する人までいた。過激な輩から多数のリプライが飛んでいることは、Oさんのツイートの端々から感じた。

まったくもって、息が詰まるし気が滅入る。単なる炎上だけならもう飽き飽きで見にもいかない私だが、Oさんが渦中なのであればファンだけに気になってしまう。

私は思う。 いま日本では、ユーモアやダジャレを容認しない、あるいは理解しない「深刻すぎる=too serious」な人たちが多すぎるのではないだろうか。

一番恐れているのは、Oさんが度重なる攻撃に嫌気がさして、ジョークを言わなくなってしまうこと。コンテンツがつまらなくなってしまうこと。そしてさらには、もう何も発言しなくなってしまうこと。

私のこういう駄文も含め、インターネット上にはたくさんのブログ記事やコラムやつぶやきがひしめいているが、Oさんのようなレベルのコンテンツを提供できる人はそんなにはいない。ある意味「宝」のような存在なのだ。Oさんをさかんに攻撃している人は、ぜひ代わりに世相を斬るコラムを書いて欲しいと思うのだが、ツイートを見る限り、とても最後まで読み進められるものにはならないはずだ。

自分の考えを正論と信じ、そして正論こそが評価されるべきであると信じ、どちらが正論で常識かを競い、冗談を理解しない攻撃的な人たちによって、世の中を楽しく豊かにする「個人の意見」「持ち味」「ユーモア」が押しつぶされてしまう。これまでOさんが私たちに提供してくれたような知的な楽しみ、日本語の奥深さ、気づかなかった視点、ジョークのセンス、そういう目に見えない大事な価値が奪われてしまう。これから世の中がどんどんそうなっていくとしたらほんとに気が重い。

もともと日本人はジョークが苦手と言われている。だからといって決してジョークが嫌いなわけでもないし、むしろ笑いは大好きなはずだ。それが証拠に、ネット上には、ジョークのキュレーションサイトが隆盛を誇っている。みんな笑いたくてしょうがないのだ。

でも一方で、ジョークが通じない人が増殖していて、ジョークを言う人を封じ込める風潮がある。

「で、どうすれば?」ああ、こういうときこそ最後に気の利いたジョークの一つでも書いて締められればいいのになあ。

 

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