放映権料に負けた五輪委員会 期間中に感染者急増
嶌信彦(ジャーナリスト)
「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」
【まとめ】
・東京五輪の大会期間中に新型コロナ感染者は爆発的に拡大した。
・猛暑の時期に開催した背景には、米国の放映権料が絡んでいた。
・“アスリートファースト”ではなく、商業主義である。
2021年の東京五輪はコロナが世界で蔓延する中で、様々な問題を残しながらも、とにかく閉幕した。過去最多の33競技、339種目が酷暑の季節の中で実施され、感染爆発が起きて医療崩壊寸前という異様な状況の中で強行された。
大会中の7月28日、新型コロナウイルスの国内新規感染者は9583人と最多を更新、東京のほか埼玉、千葉、神奈川、京都など7都道府県も過去最多を更新した。厚生労働省に助言する専門家組織は「これまでに経験したことのない感染拡大だ」と指摘するほどだった。政府はコロナの感染拡大に対し、以下の措置を行なっている.
・第1回 緊急事態宣言(20年4月7日~5月7日に期間延長後、5月25日に解除)
・第2回 緊急事態宣言(21年1月8日~2月8日と3月8日の二度の期間延長後、3月21日に解除)
・まん延防止等重点措置(4月5日~当初5月11日に解除予定)
・第3回 緊急事態宣言(4月25日~5月12日の期間延長後、6月20日に解除)
・まん延防止等重点措置(6月21日~7月11日)
・第4回 緊急事態宣言(7月12日~7月29日と8月27日の二度の期間延長後、9月30日に解除予定)
7月1日以降に国内外の関係者、選手ら4万人が来日し、約62万人に定期検査を実施した結果、436人の陽性者が確認された。このうち選手の陽性者は32人でいずれも海外勢だった。また期間中の都内の感染者は開幕日には1373人だったが閉幕日の8月8日には4037人にふくらんでいた。
期間中、テニスのジョコビッチ選手やメドベージェフ選手らがあまりの暑さに、日中の競技開始について不満を表明。「死んだら責任をとれるのか」と審判に詰め寄る場面もあった。競技時間を午前11時から午後3時に変更したり、アイスバスや冷却材を提供するなどしたが、アーチェリー女子では熱中症で倒れる選手も出た。
▲画像 東京2020オリンピックで、2021年7月22日、有明テニスの森での練習中汗を拭うジョコビッチ選手 出典:Photo by Clive Brunskill/Getty Images
日本の7月~8月は最も暑い時期だとわかっていたのに、選手たちへの案内状には最も良い季節だなどと書かれていたようだ。日本なら10月11月が最良シーズンで、1964年のオリンピックは10月10日に開幕している。
しかし、開催時期を変更するとなるとテレビの放映権料に影響し、今回のオリンピックでは、アメリカのNBCグループが14年からの夏冬10大会について総額120億ドル(約1兆3千億円)の契約を結んでおり、アメリカTV局の最も都合の良い時期の以降に逆らえなかった。いまやオリンピックは、アスリートや観客にふさわしい季節を選ぶより企業スポンサーの意向を最重視せざるを得なくなっているのだ。
もはやスポーツの国際祭典というのはタテマエで、商業主義が骨の髄まで染み渡っているのである。日本のオリンピック委員会は五輪の趣旨を踏まえてスポンサーやテレビ局と本気で季節について交渉したのだろうか。堂々と正論を吐き、データを示して酷暑の五輪を変更させるのが日本の委員会の使命だったのではないか。
東京五輪は「あくまでも“アスリートファースト”の精神を最重視している」とIOC関係者は繰り返していた。しかし結果は感染者を急増させた。競技内容は興奮させるものが多かったので、思ったより五輪批判は少なったが、ベストシーズンにアスリートが気持ちよく競技できる環境を作るのが主催者の責任だろう。日本オリンピック委員会(JOC)は東京五輪のこの点をどう総括するのだろうか。
アメリカ体操女子のスーパースターで黒人のシモーネ・バイルズが大会連覇のかかっていた個人総合を欠場した。「ケガではない。無観客という慣れないことや、酷暑と一年延期もありメンタルが十分でなく、ストレスがかかっていたので仲間に、任せることにした。」
▲写真 東京2020オリンピックの11日目に女性の平均台決勝に臨むシモーネ・バイルズ選手(2021年8月3日 有明体操センター) 出典:Photo by Elsa/Getty Images
かつてはトップ選手が「心の弱さを語ることをタブー視されてきたが、いまや普段から心の中を話せる環境を整えることが大事になっている」という。バイルズはその後、種目別平均台には出場し銅メダルを獲得。24歳にして男女を通じて史上最多の通算メダルを獲得しており「五輪のメダルを7個(うち4個が金)、世界選手権のメダルを25個(うち19個が金)、4つの体操の技にバイルズの名前が付けられた選手だ。
トップ画像:東京パラリンピック閉会式の様子 出典:Photo by Alex Davidson/Getty Images for International Paralympic Committee
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この記事を書いた人
嶌信彦ジャーナリスト
嶌信彦ジャーナリスト
慶応大学経済学部卒業後、毎日新聞社入社。大蔵省、通産省、外務省、日銀、財界、経団連倶楽部、ワシントン特派員などを経て、1987年からフリーとなり、TBSテレビ「ブロードキャスター」「NEWS23」「朝ズバッ!」等のコメンテーター、BS-TBS「グローバル・ナビフロント」のキャスターを約15年務める。
現在は、TBSラジオ「嶌信彦 人生百景『志の人たち』」にレギュラー出演。
2015年9月30日に新著ノンフィクション「日本兵捕虜はウズベキスタンにオペラハウスを建てた」(角川書店)を発売。本書は3刷後、改訂版として2019年9月に伝説となった日本兵捕虜ーソ連四大劇場を建てた男たち」(角川新書)として発売。日本人捕虜たちが中央アジア・ウズベキスタンに旧ソ連の4大オペラハウスの一つとなる「ナボイ劇場」を完成させ、よく知られている悲惨なシベリア抑留とは異なる波乱万丈の建設秘話を描いている。その他著書に「日本人の覚悟~成熟経済を超える」(実業之日本社)、「ニュースキャスターたちの24時間」(講談社α文庫)等多数。