台湾の対中国防衛戦略
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・圧倒的な軍事的優位を持つ中国に対し、台湾はイスラエルに次ぐ防空システムを擁す。
・中台戦争の鍵は台湾海峡の制空権。航空機・作戦機保有量では中国が圧倒的。
・中国の台湾海峡への展開は簡単ではない。背後から狙う印露が足枷に。
近年、中国軍の台湾侵攻に関する議論がかまびすしい。
1990年代半ばまで、台湾海峡両岸の軍事バランスでは、台湾側が優勢だった。ところが、2000年代に入ると、中国の経済発展により、軍事バランスが中国側に傾く。そして、近年では中国側が圧倒的な軍事的優位を確立している。そこで、台湾は「非対称戦略」である「ハリネズミ戦略」を採る。
台湾はイスラエルの防空システム、「アイアンドーム」構築を目指しているのではないだろうか。
よく知られているように、イスラエルは、周りがアラブ諸国に囲まれ、一部の国々と一触即発状態にある。同国は、敵から飛来するミサイルを打ち落とす防空システムを持つ。それが「アイアンドーム」である。
▲写真 ガザ地区北部からイスラエルに向けて発射されたロケット弾を、イスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」が迎撃(2021年5月14日)。 出典:Photo by Fatima Shbair/Getty Image
イスラエルの防空システムは世界1の密集度を誇る。そして、台湾は防空システムでは、イスラエルに次ぎ、世界第2位の密集度だという(『Wow! Korea』「台湾、防空ミサイル密集度『世界2位』…中国からの脅威に『ハリネズミ戦略』を具体化」2021年8月18日付)。
現在、台湾は、米国から迎撃ミサイルシステムであるPAC3を72基設置している。他方、我が国のPAC3は48基である。単純に計算すると、台湾は日本の1.5倍のPAC3を備えている事になるだろう。
けれども、台湾は日本の国土面積の10分の1しかない。したがって、台湾のPAC3密集度は我が国の15倍となる。おそらく、PAC3はイスラエル(2.2万平方キロメートル。四国とほぼ同じ)や台湾(3.6万平方キロメートル。九州よりもやや小さい)のように比較的国土面積が小さい国には有効なのかもしれない。
今年(2021年)9月16日、台湾の行政院(内閣に相当)は最大2400億台湾ドル(日本円で約9500億円)のミサイル調達特別予算を組むための法案を閣議決定した。これは、2022年から27年までの対艦・対ミサイルへの防衛予算となる。
中国は台湾に向けて福建省に短距離弾道弾「東風11(DF11)」を少なくとも500基以上配備しているという(その他、準中距離弾道ミサイル「東風21 (DF21)」も台湾を射程に入れている)。そこで、台湾としては、国家の存亡をかけ、今後、更にPAC3を200基配備予定である。
▲写真 台湾の彰化市で訓練を行う台湾空軍のパトリオットミサイル 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images
もちろん、PAC3がすべての敵ミサイルを撃ち落とす事はできない。PAC3の命中率は、20%から90%まで、さまざまな数値が語られている。だが、軍事機密なので、どれが本当の数字であるかわからない。たぶん命中率は50~60%程度ではないか。ただ、PAC3が配備されているのといないのとでは、かなり安心感が違うだろう。
前掲『Wow! Korea』の記事によれば、台湾軍が保有する空対空ミサイルおよび各種の短距離防空ミサイルを合計すると7700基を上回るという。現在、稼働中の地対空ミサイル基地も22か所存在する。今後、台湾は自国で量産中の台湾版サード(THAAD:終末高高度防衛ミサイル)「天弓3ミサイル」を運用する12の中隊編成を推進している。
さて、トランプ政権下、米国は台湾に改良型戦闘機「F16V」66機を売却した。この時、台湾は2020年以降の防衛予算として約1兆円を組んだ。今回は、また同額に近い大型予算を計上している。
今年11月18日、台湾・嘉義空港では約40機で構成される「F16V」戦闘機部隊の発足式が行われた。式典には、蔡英文総統が出席した。また、米在台協会(事実上、台湾における米国大使館)のサンドラ・オードカーク代表(前国務次官補)も招かれている。
▲写真 訓練中の台湾空軍のアメリカのF16V(台湾・彰化、2019年5月28日) 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images
実は、台湾はしたたかである。「F16V」製作に関して、台湾も一部出資している。という事は、米国が「F16V」を他のアジア諸国(例えば、韓国やインドネシア等)に売却すると台湾も利益を得る。また、近い将来、台湾がアジアの「F16V」メンテナンスセンターになるかもしれない。
ところで、中台戦争(=米中戦争)で勝利するためには、どちらが台湾海峡の制空権(正確には「航空優勢」)を握るかが鍵となるだろう。
台湾は国内に軍民共用を含め12の空軍基地を持つ(島外には、東沙諸島のプラタス島に1つ空軍基地がある)。現在、台湾はF16約140機、F16V約40機、フランス製ミラージュ2000-5約60機、経国号が約130機、合計約370機を保有する(ちなみに、我が国の戦闘機はF-15J/DJが201機、F-4EJとF-4EJ改良型が5機、F-2A/Bが91機、F-35Aが21機、合計318機である。数的に台湾より劣る)。
一方、米国の報告書によると、中国は総計2500機以上の航空機と約2000の作戦機を有する。まず、最新鋭「第5世代戦闘機」を何機保有するかが重要だろう(現時点で中国の「第5世代戦闘機」の「J-20」は150機)。その他、戦闘機の稼働率の高低(日本は約90%の稼働率、中国は約60%の稼働率だと言われる)、パイロットの熟練度、哨戒機・給油機が存在する否かなども考慮に入れるべきかもしれない。
しかし、中国はいくら航空機・作戦機が多くても、いっぺんに台湾海峡へ展開する事はできないだろう。なぜなら、中台戦争時、インド(ロシアも?)が虎視眈々と、背後から中国を狙っているからである。
トップ写真:中国の台湾侵攻を想定した年次演習(2019年5月30日、台湾屏東県) 出典:Photo by Patrick Aventurier/Getty Images台湾の対中国防衛戦略