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.国際  投稿日:2024/3/30

ODA70周年を機に対中供与の大失態の反省を その5(最終回) 日本の首を絞める中国軍事力に寄与


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・1990年代に日本のODA30億円が供与された光ファイバー通信施設の建設は軍用に使われた。

・通信施設の援助は相手国の軍隊への直接の援助だったため、ODA大綱の明白な違反だった。

・日本は中国の軍事力を増強させるため、貴重な国費からのODAを贈りつづけた。

 

第三には、日本のODAが直接に中国側の軍事力強化に寄与してしまったというパターンを報告しよう。

1990年代に日本のODA30億円が供与された蘭州から西寧を経てチベットのラサまでの光ファイバー通信施設の建設は、人民解放軍が直接にその工事を担当し、完成後も軍用に使われた。

中国ではこのころ全国的に光ファイバー通信のネットワークづくりが推進された。当時の江沢民国家主席はこの新通信網を「軍民両用」にすると宣言した。だが重点はあくまでも軍の側にあった。日本がこのプロジェクトをODAで支援したのだった。

蘭州からラサまでの光ファイバー通信施設全長3000キロ近い工程の建設は中国人民解放軍成都軍区の10000人以上の部隊が直接に施行した。海抜4500メートルもの山岳地帯を抜ける通信線の敷設は「世界にも稀な施工難度の大きい事業」とも評された。

完成後に高い山の頂上に建てられた記念碑には江沢民主席の書いた文字が刻まれた。記念碑には「軍民共同建設による蘭州・西寧・ラサ光ファイバー・ケーブル工事完成記念」と刻まれ、その下には中国軍兵士と電話機を持つ郵電建設者との像が配置されたという。もちろんその建設費用となった日本のODAの記述はなかった。

私自身が1999年にチベットを訪れたときも、日本の援助で建設されたらしい「人民解放軍のための光ファイバーケーブル」の話を何度も聞いた。

この援助は日本のODA大綱の明白な違反だった。通信施設にせよ、相手国の軍隊への直接の援助だったからだ。

日本がODA資金を熱心に投入した中国の水力発電所建設の計画のなかにも軍事要素の強い実例があった。前述の貴州省と広西壮族自治区との境界を流れる紅水河の電源開発だった。+-qqaasfdgafds qの建設プロジェクトである。

日本からの資金が投入されたが、工事を担当したのは人民武装警察部隊水力発電第一総隊だった。人民武装警察は人民解放軍の一部である。発電所の建設に軍隊が出てきたのはこの水力発電所の軍事目的が強いからだと目された。

貴州省を含むこの地域は前述のように軍事産業地帯であり、兵器製造だけでなく核兵器開発のためのプルトニウム再処理施設やロケット発射場が存在した。そのエネルギー源となる発電所には特別の軍事的な重要性があったわけである。

日本のODAが中国軍の軍事能力を直接に高めた、という話を私は台湾の李登輝総統から直接に告げられたことがある。これはこの連載でも簡単に前述した。

1997年12月、当時の中華民国総統だった李氏に台北でインタビューしたときだった。日本のODAが中国の人民解放軍の台湾攻撃能力を増強させたという苦情だった。

「日本政府は福建省の鉄道建設へのODA供与だけはやめてほしい。福建省の鉄道網強化はミサイルや軍隊の移動を円滑かつスピーディーにして、台湾への攻撃能力を高めるからだ」

中国軍は台湾に近い福建省内に部隊とミサイル群を多数、配備していた。いざという際の台湾攻撃のための集中的な配備だった。日本政府は1993年に福建省の鉄道建設に67億円の援助を出していた。鉄道は軍隊の緊急の移動には不可欠の手段である。

中国側が台湾への武力攻撃の可能性をも宣言しながら、実際にその攻撃を実行できる部隊や兵器を集結して緊迫を高める地域で鉄道を強化することに軍事的な効果があるのは、あまりにも明白だろう。そんな鉄道網の強化は中国の軍事能力への直接の貢献といえよう。

だが日本の外務省は対中ODAの成果として中国内部の鉄道の40パーセントをも電化したことを誇らしげに宣伝していたのだ。

鉄道に軍事性があることはだれにでもわかる。とくに歴史上、内陸での戦闘が多かった中国では軍隊と鉄道というのは切っても切れないつながりがある。

1979年に中国がベトナムへ大部隊を侵攻させたとき、人民解放軍が合計50万もの将兵を国内各地の基地から鉄道によって南西端の雲南省までどう移動させたか。

1989年の天安門事件で北京の民主運動参加者たちを弾圧する人民解放軍を他の各地から鉄道でどう運んだか。

この実態を詳しく調査し、研究した米軍の専門家たちに北京やワシントンで詳細な事情を聞いたことがあった。私の脳裏にはそのころから中国での鉄道の持つ軍事性については一定の認識があった。

だから日本政府がODA資金を中国の鉄道建設に投入することのリスクは私自身は以前から理解していたつもりだった。

中国では鉄道は核兵器の配備や防御にも決定的に重要な役割を果たしている、という趣旨の研究報告書がアメリカ側で公表されたこともある。

2010年にワシントンの「プロジェクト2049研究所」(所長・ランディ・シュライバー元国防次官補)により作成された「中国の核弾頭の貯蔵と操作システム」と題する報告書だった。

同報告書によると、中国は戦略核弾頭約250発などの大部分を秦嶺山脈の太白山を中心とする地下トンネル網の管理基地「二十二基地」に保管している。

その一方、中国は核ミサイルの発射基地として瀋陽、洛陽、黄山、西寧、懐化、昆明の6基地を機能させ、情勢に合わせて「二十二基地」からの核弾頭を常時、出入りさせている。この頻繁な移動には鉄道を使うことが多いのだという。

夜間、特別な列車に核弾頭を搭載し、一般にも使われる鉄道で走らせつづけることで、防御の弱いミサイル発射基地におく核弾頭を最小限にして、万が一、攻撃を受けた場合でも核反撃の能力保持を確実にするためだ、と同報告書は伝えていた。

鉄道とか汽車は中国では核兵器の防御や配備にも使われるという現実の一端だといえよう。だから日本からの対中ODAによる鉄道建設というのはきわめて軍事の色彩も含む事業なのである。

こうみてくると日本のODAが中国の軍事能力の強化を助けてしまったことは否定のしようがないといえよう。

その中国はいまや増強された軍事力を日本に対して尖閣諸島の奪取のために、使おうとする。あるいは日米同盟の弱化や破棄を狙ってアメリカへの抑止力に使う。中国側の要求に日本を従わせるために使おうとする。

日本からすれば自国を抑えつけ、首を絞めてくる武器としての軍事力を増強させるために、40年もの間、一生懸命に中国に対して貴重な国費からのODAを贈りつづけたことになってしまったのだ。

だから対中ODAが日本になにをもたらしたのかという総決算を考えるとき、どうしてもレーニンの「資本家は自分の首を絞めるロープまで売る」という言葉を思い出してしまうのだ。もっとも資本家は自分たちを殺すロープを少なくとも代金を取って、売ったのだが、日本の場合、自国を破壊しうる軍事力の重要部分を中国に贈呈したこととなる。だからいま70周年を記念してこんごのODAのあり方を考えるとき、この中国での失敗は再検証し、反省されねばならない貴重な歴史であろう。

▲写真 「ODA幻想 対中国政策の大失態」著:古森義久(海竜社)出典:amazon

(終わり。その1その2その3その4

トップ写真:中国瀋陽市、ハルビン市、大連市にある光ファイバー通信施設。蘇家屯区の操車場(2005年9月)出典:Photo by Rail Photo/Construction Photography/Avalon/Getty Image




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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