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.政治  投稿日:2022/1/11

北京冬季五輪、外交ボイコットは最善手だったのか


文谷数重(軍事専門誌ライター)

【まとめ】

・日本政府は北京冬季五輪に事実上の外交的ボイコットを選択した。

・日本はタダで中国から得点できるチャンスを見逃した形である。

・本来なら五輪担当相を送るべきであった。

 

日本は北京冬季オリンピックに閣僚を派出すべきであった。

岸田政権は北京冬季五輪への閣僚不派出を決めた。これは米国に倣った形である。中国における人権問題は是認できない。そのためオリンピック行事には政府代表を送らない。そのような米政権の判断を支持した形である。

ただ、同時に中国との関係悪化の回避も図った。決して外交的ボイコットの語は使わなかった。また新疆問題ほかの具体的な理由も提示せず「普遍的価値について中国でも保障されることが重要だ」と述べるだけとした。その点では穏当妥当な選択である。

この事実上の外交的ボイコットは正しい判断だったのだろうか。

次善の判断に留まる。なぜなら日中関係改善の機会を失った形だからだ。外交的ボイコットの語を避けて日中対立悪化を防いだ。それは悪くはない。だが、本来なら得られた絶好の機会も捨てる形となったからだ。

逸失利益を考慮すれば政権判断はあくまでも次善である。閣僚派出が最善手であった。

その理由は次の3つである。中国での対日感情好転の機会を見逃したこと、対米関係での利益も得られないこと、外交的ボイコットはもともと何の効果も持たないことである。

■ 機会の見逃し

第一は対日感情好転の機会を無駄に見送ったことだ。日本は閣僚派出により中国政府や世論の対日感情を好転させる効果が期待できた。それを事実上の外交的ボイコットにより自ら捨てた形である。

冬季五輪に閣僚を送ればどのような利益を得られたのだろうか。米国や英豪ほかが外交的ボイコットを決めた。そのなかで日本はその判断に応じず派出する。その場合の利益はどうだっただろうか。

中国は日本の選択を評価する。米同盟国でありながら米国と共同歩調を取らなかった。また人権問題を政治に絡めなかった。中国の面子を尊重した。その点を評価するからだ。

中国世論は単純に支持する。日本は中国の内政問題への干渉を避けた。人権問題での米国の難癖に追従しなかった。五輪を邪魔しなかった。それだけで日本に好印象を寄せるのである。

くわえて中国指導部はゲームとリアルの切り分けも評価する。日本は中国と外交安保では対立している。軍事力をも用いたゲームで争っている。ただ、同時にゲームがリアルに悪影響を与えないように配慮もしている。関係悪化を回避し経済ほか協力関係で得られる現実世界での利益は損なわないようにしている。その点で日本政府を話せる相手と評価する。

しかし、日本はその機会を放棄した。その点で今回の選択、事実上の外交的ボイコットは最善手とはならないのである。

▲写真 モスクワオリンピック開会式(1980年7月19日) オリンピックは国に衰頽をもたらす。運動会に法外な金をつぎ込む無駄を進める。その段階で国は誤っている。甚だしきはソ連やユーゴスラビアは五輪から十余年で滅んだ。日本も東京五輪で国は疲弊している。仮想敵国中国が再び五輪の無駄を進める現状は悪くはない。日本はむしろ応援歓迎すべきである。 出典:Photo by Giuliano Bevilacqua/Sygma via Getty Images

■ 日米関係での利益もない

第二は対米関係における利益も生まないことだ。日本は外交的ボイコットをしてもしなくても日米関係は何も変わらない。その点で閣僚派出は避けるべき選択肢とはならない。

米国にとっても外交的ボイコットはどうでもいい話である。モスクワ五輪のようにオリンピックそのものを共同してボイコットする話ではない。実際のところ米国は五輪成功のために選手を送るのである。

だから日本は米国から何のご褒美も貰えない。その後を見ても日米問題での配慮といった利益を米国から全く引き出せていない。隠れたご褒美にしても政治家や外交官が個人的に感謝されたくらいだろう。

▲写真 立ち話する岸田首相とバイデン米大統領(2021年11月2日 英・グラスゴー) 出典:内閣広報室/外務省ホームページ

逆に、日本が閣僚を派出しても米政権は別段咎めだてもしない。

残念であるとも言わない。「残念である」というだけで外交的ボイコットが賛同を得られなかった姿が強調されてしまうからだ。

仮に失点があっても日本は容易に挽回できる。その程度の対米関係での失点なら例えば日米防衛協力での得点で簡単に回復してしまう。

損得関係からすれば損は無視してよい。閣僚派出で日本はコストなしに中国から得点、例えば80点を獲得できる。対して日米関係では損をしない。しても3点の損にとどまる。しかもそれは日米防衛協力ほかで容易に回復できる失点に過ぎない。

■ 効果がない

第三は効果を期待できないことである。

外交的ボイコットにより中国の人権状況改善が見込めるだろうか。

見込めない。米国以下が実施しても新疆やチベットでの人権状況や民族性問題は改善しない。

中国を敵視している姿勢を強調して終わってしまう。結局は効果もないパフォーマンスでしかない。

それよりは日中関係の実利を求めたほうがよい。閣僚を送るだけで中国から得点は得られるのだ。

何よりも中国は日本の隣国である。しかも経済・軍事超大国となっている。その中国に対して日本は無思慮に強硬態度を示すべきではない。米国から一歩引いたスタンスが丁度いいくらいである。

この点でも閣僚派出は最善手なのである。

▲写真 東京2020オリンピック開会式(2021年7月23日) 東京・オリンピックスタジアム/疑惑の東京オリンピックを中国は「お互いさま」と鼻を摘んで支えてくれた借りがある。中国は閣僚級の国家体育総局局長も開会式に参加させた。返礼に日本も陪食大臣を壁の花として送るべきだろう。日本の五輪担当相は中国体育総局局長と対等であり東アジア伝統の敵礼としても妥当である。 出典:Photo by Amin Mohammad Jamali/Getty Images

■ 陪食大臣でも出せばよかった

以上が閣僚派出が最善手となる理由である。

本来なら首相あるいは外相を出して中国の得点を稼ぐべきであった。

文科相や五輪担当相でもよかった。日本は陪食大臣を出すだけでも得点を獲得できたからだ。

しかし、岸田政権はそれができなかった。損得勘定からすれば本来すべき決心をしなかった。

これは与党内の雰囲気を覆す力がなかったためだ。米国のために尽くすこと、中国を憎むことが正しいと考える。そのような現実利益を見失った自称保守が唱える自称リアリズムの悪影響から採るべき選択肢を選べなかったのである。

▲写真 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会推進本部発足、看板かけの様子/五輪担当相のポストは今年3月末まで盲腸的に残置されている。特に何の役にも立たない純粋な陪食大臣である。その無価値の含意も含めて北京冬季五輪に送りつけるには最適の配置である。 出典:首相官邸

トップ写真:記者会見に臨む岸田文雄首相(2021年12月21日 首相官邸) 出典:Photo by Yoshikazu Tsuno – Pool/Getty Images




この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター

1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。

文谷数重

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