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.国際  投稿日:2022/8/27

新説「李上習『不』下」の可能性


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・中国工程院伝染病学の専門家が「コロナは乙類へ戻すべき」と語ったが、その内容は、中国のSNS上から削除された。

・習主席は、新型コロナの陽性になった岸田首相への慰問の電話で、9月の「日中国交正常化50周年」に再び言及。

・北戴河会議で「習派」と「反習派」が妥協し、李首相は総書記に就任するが、習主席は国家主席と軍事委員会主席にとどまる可能性、「李上(アップ)、習不下(非ダウン)」を指摘する向きも。

 

既報の通り、今年(2022年)8月16日、李克強首相が広東省深圳市で、GDPの大きな6省(広東省等)の省長らとテレビ会議を行った。おそらく、北戴河会議で、李首相には中国経済“立て直し”という任務が与えられたのではないか。

一方、同日、習近平主席は遼寧省錦州市の遼瀋戦役記念館に姿を現している(a)。「国共内戦」時の紅軍(共産党軍)戦没者がそこに祀られているという。この訪問は、習主席が台湾との「武力統一」を意図している表れ(b)だと指摘する論者もいる。

さて、北戴河会議後に起きた2つの“事件”について述べたい。

周知の如く、2019年、中国共産党は新型コロナの発生以来、ずっと厳格な「ゼロコロナ政策」を採ってきた(c)。

最近、中国工程院(技術分野での中国最高研究機関)伝染病学の専門家、李蘭娟は、中国メディアとのインタビューの中で、以下のように語った。

中国で伝染病は(危険度の高い順に)甲類、乙類、丙類に分類される。本来、新型コロナは乙類に属するが、2020年1月以降、ずっと甲類として管理されてきた。今後、コロナは乙類へ戻すべきである。また、コロナは、すぐには消滅しないので、中国もウイルスと“共存”しなければならない。

結局、李蘭娟は習主席の「ゼロコロナ政策」を完全否定している。そのため、李蘭娟に関するインタビュー内容は、中国のSNS上から削除された。

次に、ごく小さな出来事であるが、見逃せない“事件”が起きた。

8月22日、習主席は、新型コロナの陽性判定を受けた岸田文雄首相に慰問の電話をかけてきた(d)。そこで、主席は、今年9月の「日中国交正常化50周年」に再び言及したという。

今年7月、習主席は、バイデン米大統領のコロナ感染が確認された翌日、大統領に見舞いの電話をかけている。

実は、22日、李首相も岸田総理に慰問の電話をかけてきた。しかし、バイデン大統領のコロナ感染時、李首相は大統領に見舞いの電話をかけていない。

この李首相の岸田総理への慰問電話には、大きな意味が隠されているかもしれない。もしかすると、今秋、首相の“昇格”を示唆しているのではないだろうか。

ところで、現在、習主席は中国共産党の“死の道”を歩んでおり、同党崩壊の「加速師」と名付けられた(e) 。他方、李首相は、共産党を死なせず“延命させる道”を歩み、「延命師」と呼ばれている。

したがって、同党内では、これからも習政権が継続すれば、中国経済は破綻し、北京政府が崩壊するという“コンセンサス”がすでに形成されているのではないか。

実際、中国経済の停滞は、失業保険支出増大や若年層(16〜24歳)失業率の数字を見ても明らかだろう。

人力資源・社会保障部によれば、6月の失業保険基金支出は371億9000万元(約7438億円)に達した(f)。これは、昨2021年同月比の3.6倍であり、2013年、月毎データの記録開始後、最高水準である。

他方、8月15日、国家統計局は、7月の全国経済実績に関するデータを発表した(g)。それによると、同月の都市部における若年層の調査失業率は19.9%で、前月から0.6ポイント上昇している。この数値は統計局が2018年1月に同指標を公表して以来、最も高い数値となった。

このような厳しい経済情勢下、次のような噂が囁かれている(h)。

8月16日、李首相が深圳市で鄧小平の銅像に花を捧げ、「『改革・開放』路線を堅持する」方向性に変わりはないと宣言した。そこで、一部の情報筋は「李上(アップ)習下(ダウン)」は必至だと推測している。つまり、秋の第20回党大会での「李首相の総書記就任、習主席の退位」である。

だが、別の情報筋は、北戴河会議で「習派」と「反習派」が妥協し、「李上(アップ)、習不下(非ダウン)」と考えている。李首相は総書記に就任するが、習主席は党大会後も、国家主席と軍事委員会主席にとどまるという可能性を指摘した。そして、習主席は“3期目”に「台湾問題」を解決するという。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「権力闘争? 李克強は深圳で鄧小平に敬意を表し、習近平は北上して国共内戦を記念する」(2022年8月17日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/17/2516198.html)

(b)『中国瞭望』「北戴河会議終了後も、中国政局は依然、不透明だ」(2022年8月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/24/2518328.html)

(c)『万維読報』「北戴河の話はまだ終わっていない 中国共産党の専門家が衝撃を与える」(2022年8月20日付)

(https://video.creaders.net/2022/08/21/2517248.html)

(d)『中国瞭望』「習と李が同日に岸田総理に慰問の電話をかけた どんなシグナルが透けて見えるのか?」(2022年8月22日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/22/2517925.html)

(e)『中国瞭望』「李克強と習近平、結局は同じ道を歩んでいる」(2022年8月21日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/21/2517377.html)

(f)『中国瞭望』「一つの数字が中国の失業の現状を暴露」(2022年8月23日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/23/2518268.html)

(g)『国家統計局』「国家統計局報道官は2022年7月の国民経済状況について記者達の質問に答える」(2022年8月15日付)

(http://www.stats.gov.cn/tjsj/sjjd/202208/t20220815_1887397.html)

(h)『中国瞭望』「『李上習不下』は確定なのか?ネットでは李氏が総書記に就任するという」(2022年8月22日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/08/22/2517922.html)

トップ写真 出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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