考えものの弾薬備蓄強化論
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・ ミサイルはすぐ旧式化するのであまり買わない方がよい。
・ 自衛隊は保管に困るほどの弾薬を抱えている。
・ 備蓄強化は島嶼戦や日米同盟を反映していない。
「弾薬備蓄強化論」は考えものではないか。
自衛隊弾薬の備蓄強化が主張されている。対中戦では不足する。産経記事では20倍は必要である。日経記事では3ヶ月は持たない。そのような意見が開陳されている。(✱1,✱2)
しかし、その想定は極端である。史上最大の砲撃戦であったソンムの戦い(編集部注:第一次世界大戦中の11916年、連合軍がドイツ軍に対して西部戦線の仏ソンム河畔で展開した大規模な反撃戦)を3ヶ月も続けるような話となっている。
結論の備蓄強化も妥当ではない。第1に誘導弾薬は大量在庫と相性が悪い、第2に銃砲弾は充分な在庫がある、第3に想定は南西諸島の戦いと全く合致しないことである。
■ すぐに旧式化してしまう
第1に誘導弾薬は大量備蓄と相性が悪い。高額なミサイルや誘導砲弾は最新技術で作られている。そのため短期間で旧式化してしまう。そのため大量備蓄には向かない。
備蓄増強論では特にミサイルや誘導砲弾の増強が重視されている。ウクライナに渡されたジャベリンやGMLRS、供与が噂された誘導砲弾エクスカリバーのような精密誘導兵器が大量に必要である」、そう主張している。
だが、これらの高額装備は比較的早期に旧式化してしまう。日進月歩の最新技術で作られているため日進月歩で旧式化する。パソコンや携帯電話ほど足は早くはない。ただそれでも10年余で旧式化してしまう。
実際にウクライナ問題で注目された弾薬も旧式化が見えている。ジャベリンは旧世代化しつつある。エクスカリバーもやや流行から外れ始めている。誘導砲弾は信管型の誘導キットが主流になりつつある。
これは海空自衛隊のミサイルも同じである。
海自の対空ミサイルESSMや17式対艦ミサイルは新型が見えている。ESSMブロック2や米軍採用のNSMミサイルを模倣した新型国産ミサイルである。どちらも新機軸が追加された強力なミサイルとなっている。
空自のAAM-4やAAM-5は搭載戦闘機がなくなる。どちらも今後主力となるF-35には搭載できない。国産開発中のF-3は対応予定だが、F-3はいずれは開発中止となる。
これらの弾薬を大量備蓄するとどうなるか。
不良在庫となる。画期的性能を持つ新型弾薬が登場すると旧式弾薬は厄介者となる。
しかも最新型弾薬を購入する上での障害ともなる。旧式ミサイルで必要数が満たされてしまうと最新型ミサイルを買う理由が弱くなる。まずは極少数しか購入できない。そしてそれは耐用年数が尽きるまで続く。後々まで祟るのである。
■ 銃砲弾は充分に保有している
第2は従来型弾薬の大量在庫である。ミサイルや誘導砲弾の自衛隊備蓄量は少なめかもしれない。ただ、それ以外の弾薬は大量に用意している。いまさら積み増す必要性もない。
「陸自に弾薬はない」は誤りである。冷戦時に積み上げた膨大なストックがほぼ手つかずで残っている。
むしろ弾薬がありすぎて困っている。海空もそうだが在庫が多く保管する弾庫がないのが問題となっている。それからすれば戦時に大量消費する223口径NATO弾や155mm砲弾は換爆量の上限まで用意されている。
よく言われる「たまに打つ弾がないのが玉にキズ」も誤解を招く表現である。戦時向けの弾薬ストックを減らしたくない。また射座数や漁業権や入会権の問題で射撃できる機会が少ない。だから平時訓練用の弾薬消費を絞っているだけである。
それからすれば銃砲弾の備蓄増強も考えものなのである。
陸自は155mm砲弾や223NATO弾を充分保有している。野砲中砲化や小口径弾導入から30年以上経過している。何でも貯め込むクセがある陸自は相当量保有している。
写真)155mm榴弾砲(FH70)2004年7月16日
■ 南西方面の戦いと合わない
第3が南西諸島の戦いとの不整合である。仮に日中戦が発生し中国の進攻が発生したとする。その場合でも弾薬は不足しない。
そもそも中国に南西諸島進攻の構えはない。それ以前に日米同盟と真正面から衝突するつもりもない。それは自滅の戦いとなる。まず日米は台湾独立を許し承認してしまう。また日米海空戦力により中国海軍力が滅ぼされる事態でもある。
仮に中国による南西諸島進攻を想定しても弾薬備蓄を増強する必要もない。
まず陸戦用の銃砲弾は不足しない。
島嶼戦であり比較的小規模かつ短期間の戦闘だからである。先島の面積からすれば多くても数ヶ大隊規模の戦いであり長くても2週間超である。ウクライナの戦いとは違う。そこに軍団/方面隊規模、まずは30ヶ大隊を投入する前提の弾薬を準備しても仕方がない。
そもそも上陸を許す状況であれば中国に制空権も制海権も握られている。航空優勢や一時的な制海では上陸戦はできない。つまり上陸前に詰んでいる。陸戦で挽回の見込みはない。
海空戦では米国支援で最新弾薬が湧いてくる。弾薬売却は米軍派遣に先行する。米軍を送り米軍人の血を流すより気前よく最新弾薬を売って日本人に戦わせたほうがよい。死ぬのは日本人と中国人だけで充分である。
なお、米国の支援がもらえない事態なら中国と戦う必要はない。それなら日米同盟は止めて中国と交渉したほうがよい。
つまり想定がおかしいのである。「弾薬は20倍が必要となる」や「2ヶ月が限界であり3ヶ月持たない」は島嶼戦や日米同盟を反映した記事ではない。
まずは大陸で軍団同士が激突する事態でありその期間も異様なのである。「第一次世界大戦でのソンムの戦いでは」と言い出す話であり、日本の防衛からすれば空中楼閣である。
✱1 「<独自>対中有事で弾薬20倍必要 九州・沖縄の備蓄1割弱」『産経新聞(WEB版)』(産経新聞デジタル、2022年8月12日)<独自>対中有事で弾薬20倍必要 九州·沖縄の備蓄1割弱 – 産経ニュース
✱2 「自衛隊「2カ月で弾切れ」 有事想定足りぬ装備・施設」『日経電子版』(日本経済新聞社、2022年7月28日)自衛隊「2カ月で弾切れ」 有事想定足りぬ装備·施設: 日本経済新聞
写真)RIMPAC(Rim of the Pacific Exercise:環太平洋合同演習)で、USS戦艦コロラドから発射されるESSM(Evolved Sea Sparrow Missile)ブロック1Cミサイル 2016年7月16日 太平洋上にて
ESSMブロック1はすでに先が見えている。海自が「もがみ」級フリゲートに発射機ごと不搭載を決めたのはブロック1を買いたくないため、そして21年末の発射機予算化はブロック2の購入目処がたったためだろう。
海上自衛隊は旧式対空ミサイルの始末に20年以上を要した。70年代末に戦闘機用のスパローを購入したが直後に軍艦用のシースパローが登場し旧式化した。それから20年以上経っても対応艦の「しらね」型退役まで処分できなかった。
写真) 第 131 攻撃戦闘飛行隊 (VFA-131) F/A-18C ホーネット航空機から発射されたAIM-7 スパローミサイル .1992年12月2日、ルーズベルト ロードの海軍基地付近で。Photo by Commander John Leenhouts, USN.
出典)Photograph Curator(Public Domain)
弾薬備蓄20倍は大法螺である。島嶼戦の規模や期間からすればまずは撃ちきれない数である。また島嶼には保管しきれず上陸戦が始まると内地在庫も島嶼まで輸送もできない。
写真)第一次世界大戦で集積された砲弾の打殻
出典) National Library of Scotland収蔵(撮影:Tom Aitken)CC BY 4.0
トップ写真:12式地対艦誘導弾 2018年1月28日
ミサイルの大量備蓄は筋が悪い。高額でありながら短期間で旧式化するため防衛費の無駄遣いとなる。写真は12式SSMと発射機、今後に米国採用のNSMミサイルを模倣した新型SSMが登場すると前世代化してしまう。
出典:JGSDF 陸上自衛隊
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。