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.国際  投稿日:2022/3/2

プーチン、4つの戦略的判断ミス


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2022#09」

2022年2月28-3月6日

 

 

【まとめ】

・プーチンを知る人ほど、「侵攻」を予測できなかった人が多い

・プーチンの誤算は、①ウクライナの善戦②歴史的なウクライナ認識③NATO諸国の結束④ロシア情報戦の戦闘能力。

・戦闘が長びけば、アフガニスタン同様、悪影響がロシア内政にも及ぶ。

 ロシアの、いやプーチンのウクライナ戦争が早くも5日目に入った。先週本コラムで筆者は、「今回の決定が彼の『英断』か、『戦略的判断ミス』かは来週以降明らかになるはず」と書いた。この数日間で内外の主要マスコミはようやく、その答えが「後者」であるらしいことを、報じるようになった。

 興味深いのは、ロシアを知る人ほど、いやプーチンを知る人ほど、「侵攻」を予測できなかった人が多いことだ。例えば、2月25日付の毎日新聞電子版は、勇気ある同紙モスクワ支局長の「軍事侵攻に踏み切った今、自分の見通しが間違っていたと正直に告白せざるを得ない」といった実に率直かつ真摯な現地報告を掲載している。

 筆者はこの支局長の知的勇気を高く称賛する。物を書く以上は、「知的に正直」でなければならない。これに比べれば、「ロシアのウクライナ侵攻はあり得ない」などと書いた一部評論家が沈黙を守っているのは哀れだ。自らの誤りを認めるのはプライドが許さないのだろうか。こうした記事について次のような厳しいツイートを見つけた。

 「たくさん理由を並べたのに、すべて大外れの痛恨のミスですね。真面目な話、友達(インテリジェンスを共有できる)がいなかったのか、出来なかったのでしょう。何のために海外行ったのか、キャリアぜんぶ無駄でしたね。73年から今までがぜんぶ無駄、取り返しもつかないし、かわいそう。」うーん、筆者も気を付けなければ・・・、と思う。

写真)早朝、ロシアのミサイル攻撃を受けた損傷した住宅街区 2022年2月25日 ウクライナ・キエフ

出典)Photo by Chris McGrath/Getty Images

 毎日新聞といえば、今週の政治プレミアに筆者は、「これまでの一連の言動を振り返ってみれば、筆者はプーチン大統領が対ウクライナ戦争につき、4つの戦略的「判断ミス」を犯しつつあると思わざるを得ない」と書いた。1月下旬の段階での筆者の漠然とした疑問を、改めてプーチンの「戦略的な判断ミス」と整理し、分析したものだ。

詳細はこちらをお読みいただきたいが、要するにプーチンの誤算は、

①ウクライナの善戦

②歴史的なウクライナ認識

③NATO諸国の結束

④ロシア情報戦の戦闘能力

の4つだ。

 あの冷静で切れ者の(はずの)プーチンが誤算する理由としては、「驕り」、「怒り」、「感情」、「老化」などがまず思い付く。勿論真相は不明だが・・・。

 今後もウクライナ側は徹底抗戦するだろうが、ロシア側が無差別攻撃すれば、キエフが陥落する可能性はある。他方、最初の4日間で、ウクライナは悲劇の主人公となり、ゼレンスキー大統領は英雄となり、ロシアの名声は地に堕ち、プーチン大統領は「悪の権化」と化した。ロシアは「得るもの」よりも「失うもの」の方が大きいだろう。

 仮に、キエフを占領し傀儡政権を樹立しても、ポーランドなど西方の陸上国境が閉鎖されない限り、ウクライナ国内の反ロシア勢力の武力闘争が続くだろう。今後ウクライナでの戦闘が長く続き、多くのロシア兵が犠牲になれば、1980年代のアフガニスタンと同様、その悪影響はロシア内政にも波及する。さてどうなるだろうか。

写真)ウクライナ侵攻に反対するデモ参加者を取り締まる警察官 2022年2月27日 ロシア・モスクワ

出典)Photo by Oleg Nikishin/Getty Images

〇アジア 

 「プーチンの誤算」だけでなく、「習政権もロシアの出方を読み誤った」と日経新聞のコメンテーター氏が書いたが、実に同感だ。「対立する米国への対抗上、ロシアとの連帯を重視するあまり、プーチン氏を冷徹に観察し、危ない野心に気づくのが遅れた」という。筆者の言う「勢いと偶然と判断ミス」が繰り返される時代を象徴する出来事だ。

 

〇欧州・ロシア

 28日、ウクライナは欧州連合(EU)への加盟を申請すると発表した。この時期のEU加盟申請、外交的には興味深いが、ロシアの反発は必至だろう。欧州委員会委員長は加盟を歓迎、バルト諸国やポーランドなどもこれを支持しているが、話はそう簡単ではない。交渉に数年かかるのは常識だから、これも情報戦の一部だろう。

〇中東

 28日、トルコ外相は「トルコはすべての国に対し軍艦の海峡通過を認めないと警告する」と述べた。同外相は前日、「ロシアによる侵攻を戦争と認識する」とも述べている。これまでトルコの対露政策はかなりブレていたが、今回はNATO加盟国として行動したのか、それとも全く別の思惑があるのだろうか。詳しい検証が必要だろう。

〇南北アメリカ 

 バイデン政権の経済制裁を柱とするウクライナ危機対応への支持率が8割を超えた。しかも、その支持は超党派だ。他方、米国によるウクライナへの軍事介入を支持する声は少数派である。今のところ、ウクライナ問題が米国内政に与える影響は限定的だが、もしキエフ陥落があればバイデン氏の判断は死活的に重要となり得る。

〇インド亜大陸 

 特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:去年の年末記者会見に臨むプーチン露大統領 2021年12月23日 ロシア・モスクワ

出典) Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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