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.国際  投稿日:2022/3/30

ウクライナ侵略、大戦前夜と酷似 教訓生かし再度の悲劇防げ


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・バイデンのプーチン放逐発言は、和平交渉への悪影響懸念から批判されている。

・バイデン演説は戦前の日中戦争における「近衛声明」を想起させる。

・ウクライナ侵略の経緯は、第2次大戦前夜の世界情勢と酷似。感情におぼれたり、言葉が過ぎたりで事態が悪化するのは、古今東西、共通の現象。

 

バイデン米大統領が、ロシアのプーチン大統領の排除を呼びかけて物議をかもした。和平交渉に悪影響を与えるというのが批判の理由らしい。

バイデン発言は、古い話になるが、日中戦争時、近衛文麿内閣が、「国民政府を対手とせず」と見えを切って、自縄自縛に陥った騒動を彷彿とさせる。

ロシアのウクライナ侵略をめぐる経緯は、第2次大戦前夜の世界における様々な動きとおどろくほど似通っている。類似性から学び、戦争を避けたいというのは万国共通の願いだろう。プーチンはどうかしらぬ が・・

  ■草稿にないアドリブ発言   

バイデン大統領の発言はワルシャワで行った長い演説の最後になされた。

「(ロシア)帝国の再建に熱中する独裁者」、「どんなことがあっても、この男が権力にとどまれることがあってはならない」ー。

草稿にはない〝アドリブ〟だったという。ウクライナ難民に会った直後の演説だっただけに、気持ちが高ぶったようだ。

「人間として当然の反応」(ジュリアン・スミス駐NATO米大使) という評価はまっとうなものだろう。ちょうど1年前、バイデン氏が米テレビのインタビューで「プ ーチン大統領は殺人者と思うか」と聞かれ、「そう思う」と答えたことに比べれば、まだしも穏当に聞こえる。

   和平への影響懸念が批判呼ぶ

しかし、異なる反応も少なくない。

「われわれの大統領はわれわれが決める」(ぺスコフ大統領府報道官)というロシア側の反発は当然としても、欧州各国からも批判が相次いだ。

フランスのマクロン大統領は 「事態を悪化させるのは得策ではない。私ならそういう発言はしない」と苦言を呈し、「プーチンと話し合いを続けているからだ」とも付け加えた。

米外交評議会(CFR)のリチャ ード・ハース会長はツイッター投稿で、「状況をさらに危険にした。大統領側近は先方に、〝合意する用意がある〟と伝えるべきだ」と強い危惧を表明した。

どうやら、バイデン発言への批判は、「体制変革」が過激だからということではなく、交渉相手が失われることへの懸念が主たる理由のようだ。

 たしかに、バイデン氏は演説の中で、「戦争をやめることができるのはプーチンだけだ。彼はそれをしなければならない」とも述べており、放逐発言と矛盾するといわれてもやむを得ない。

バイデン大統領は28日、ホワイトハウスで記者団に、「(発言を)撤回するつもりはない。道義上感じた憤りを表明したにすぎない」と強気なところをみせながらも、体制変革を望む意図は明確に否定した。

ブリンケン国務長官も、「プーチン大統領には、どの国に対しても戦争を仕掛けたり侵略したりする権限はないと言いたかっただけだ」と釈明したが、説得力に欠ける印象はぬぐえない。

 戦いの「相手」を「対手にせず」の矛盾

冒頭に、重大な結果をもたらす例として挙げた日中戦争の〝近衛声明〟は武力衝突勃発の翌年、昭和13年1月に出された。

和平交渉への蒋介石政権(国民政府)の態度に不満を抱いた日本の近衛文麿首相は、「爾後、国民政府を対手とせず」と宣言する。

しかし、その後、広東、武漢などを占領したにもかかわらず和平の見通しがいっこうにたたず、和平実現のためには、やはり蒋介石を相手にするほかはなかった。

11月3日、近衛首相は「たとえ国民政府といえども新秩序建設のためには、拒否するものにあらず」 と前言を訂正、かろうじて体裁を取り繕った。

 強気の発言が重大な結果をもたらしたということでは、バイデン発言と相通じるものがある

〝ミュンヘンの宥和〟の再来 

似通っているといえば、今回のウクライナ侵略と第2次大戦の遠因のひとつ、ドイツによるスデーテン地方(チェコスロバキア)併合の経緯もそうだ。第1次大戦で失った領土回復をめざすドイツ総統ヒトラーは1938年、オーストリアを併合、ドイツ系住民が多いスデーテン地方の編入をも求めた。 

戦前における〝世界の警察官〟 英国の首相、チェンバレンは事態に驚き、ヒトラー、フランス首相ダラディエ、イタリア総統ムッソ リーニの各首脳とミュンヘンで局面打開の会議を開いた。

ヒトラーの威嚇に屈したチェンバレンは、平和を維持するために、ドイツがあらたな領土拡張を行わないことを条件に併合を認め、チェコを見殺しにした。

現代史で最も悪名高い外交的失策、〝ミュンヘンの宥和〟だ。

共通する侵略の名目「自国民保護」

ロシアのウクライナ侵略前、バイデン大統領が、アメリカは軍事介入する意思はないとの方針をプーチンに明確に伝えた。このことによって、プーチンは安心して蛮行に及んだという見方がもっぱらだ。

ナチス・ドイツがチェコを併合したのも、人口の多くを占めるドイツ系住民の保護が名目だった。 今回のウクライナ侵略でも、プーチン大統領は「助けを求めている親ロシア勢力を保護する」と説明している。

 双方の類似性はどうだろう。

  ■宣戦布告なき戦い

 ウクライナ侵攻はプーチンの説明によると、「特別な軍事作戦」であり、戦争ではないから、開戦に関する条約(ハーグ条約)にもとづく宣戦布告はなされていない。

犯人不明の銃撃という偶発的な盧溝橋事件を発端とし、ズルズルと全面戦争に発展した日中戦争も、やはり宣戦布告なき戦いであり、「日華事変」と称されていた。

  ■危機の指導者の登場

 「ミュンヘンの宥和」が失敗に帰し、第2次大戦が勃発した後、強引な政治手法で必ずしも人気が高くはなかったウィンストン・チャーチルがイギリス首相の座に就くと、悠揚迫らぬ物腰と、非凡な指導力を発揮して国民を鼓舞、不利 だったドイツとの戦争を戦い抜いたのはよく知られている。

写真) 写真)ウィンストン・チャーチル元英首相

出典)Photo by Central Press/Hulton Archive/Getty Images

一方、ウクライナのゼレンスキー大統領は、喜劇俳優出身、ロシアの侵攻前の支持率が20%とも40%ともいわれ、攻撃があればすぐに降伏か、国外退去するだろうなどと陰口されていた。

写真) ポルトガルのチャリティーテレビに参加するウクライナのゼレンスキー大統領 2022年3月27日 ポルトガル・カシュカイシュ

出典)Photo by Horacio Villalobos#Corbis/Corbis via Getty Images

しかし、いざ侵略が始まるや危険を省みず首都キエフにとどまり、テレビやネットを通じて国民を激励。支持率が急上昇、いまや90%を超えているチャーチルの姿と2重写しのようにみえる

まさに〝危機の指導者〟というべきだろう。

国連と国際連盟の機能不全  

国連の機能不全にも触れなければならない。

ロシア非難決議は総会では採択されたものの、強制力を伴う安全保障理事会決議はロシアの反対で否決された。侵略当事者のロシアが拒否権を発動するというのだから、不条理さにやりきれなさを感じる人は少なくないだろう。

戦前の国際連盟も、創設提唱国のアメリカの未加盟もあって、日本やドイツの脱退を阻止できず、 紛争調停の能力には限界があった。

国際機関は烏合の衆であってはならないはずだが。

プーチンに正義の裁きを

第2次大戦は、枢軸国が敗れ連合国の勝利に帰した。ウクライナ侵略と類似点があるというなら、ナチスドイツの敗北同様、侵略者、プーチンが敗れ、国際刑事裁判所(ICC)など、しかるべき裁きの場に引きだされることを誰もが望むだろう。

あらたな大戦という悲劇を防ぐために、歴史の共通点から学ぶべきことは少なくない。

トップ写真:ロシアのウクライナ侵攻に関する演説するバイデン米大統領 2022年03月26日 ポーランド・ワルシャワ

出典)Photo by Omar Marques/Getty Images

 




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