松田大使インタビュー「和平協議の見通し立たず」【2023年を占う!】ウクライナ
樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・ウクライナの「不屈の拠点」は、発電機、暖房器具、食料、子供の遊戯施設、医療を提供、市民は高い士気を維持している。
・ロシアの侵略に対して国際社会が結束して対応することが極めて重要であり、ウクライナ側の一連のイニシアティブは歓迎すべき。
・日本の支援は当面の間、厳冬対策が中心となる。
ウクライナでの戦火やむことなく、時は2023年を迎えた。 松田邦紀ウクライナ大使によると、自軍が健闘していることもあって、市民たちは静かにクリスマスを祝い、新年を迎えた。12月29日には全土でミサイル攻撃を受け、 電力不足など不自由をかこちながらも市民は計画的、秩序だった生活を送っている。インフラ攻撃に対抗して設けられた後方支援のための「不屈の拠点」は、発電機、暖房器具、食料、子供の遊戯施設、医療を提供、これを中心として市民たちは高い士気を維持している。一方で和平協議の見通しは立た ず、ロシアの大規模反転攻撃がとりざたされるなど、楽観できない状況は依然続いている。松田大使が語った2022年クリスマスから新年の状況、2023年の展望は次の通り。
▲写真 松田邦紀ウクライナ大使 出典:Embassy of Japan in Pakistan
■ 静かなクリスマス、秩序立った市民生活
ーウクライナのクリスマス、年末・年始はどんな様子だったか
松田大使: 祈りと友愛にあふれている。クリスマスには戦時下にもかかわらず、首都キーウの聖ソフィア大聖堂前広場には、クリスマス・ツリーが飾られた。例年のようにはいかず、背丈は低く電飾も少なかったが、ロシアの侵略を打ち破り、平和が到来するよう祈る大勢の人々が集まっていた。捕虜になったウクライナ兵の解放を祈る家族の姿も少なくなかった。例年はロシア正教会と同じく1月に入ってからクリスマスを祝っていたが、ことしはそれを嫌って欧米と同様、12月25日に祝う市民が増えた。
▲写真 クリスマスに聖ソフィア大聖堂がライトアップされた(2022年12月25日、ウクライナ・キーウ)出典:Photo by Yurii Stefanyak/Global Images Ukraine via Getty Images
ー国民はエネルギー不足をどのようにしのいでいるのか
松田大使: キーウでは、市当局が携帯のアプリを通じて計画停電の時間割を連絡し、市民はそれに基づいて、炊事、洗濯等の日常生活のリズムを作っている。断水に備えて飲料水や生活用水を台所や風呂場に貯め、家庭用小型発電機も購入している。他の都市でも同様な秩序だった状況と聞いている
ーこの冬を乗り切ることができるか
松田大使: 「前線に近い東部や南部から、依然ライフラインが保たれている西部に向かって一時的に避難する人が増えているとの報告もある。市民は、それぞれに工夫して厳冬を乗りきる態勢をつくり、互いに助け合っている。私のウクライナ人の知人は、自分自身も停電で困っているにもかかわらず、外国人である私のためにわざわざキュウリとキャベツの酢漬けを持ってきてくれた」
■ ウクライナ軍、夏以来の優勢を継続
ー戦局が日本では最近あまり報じられないが
松田大使: 北東部のハルキウ州とルハンスク州の境から東部ドンバスを貫いて南東部のザポリージャ州、南部ヘルソン州に至る約1500キロにわたって、悪天候を衝いて激しい戦闘が毎日続いている。 このうち、ロシア軍がいまだに攻勢を続けているのは、ドネツク州 のバフムート市の近郊などわずかに過ぎない。それ以外のほとんどの戦線でウクライナ軍が8月の反転攻勢以来の優勢を継続、ロシア軍は防戦に追われている」。「ウクライナ軍の発表によれば、同軍は、ザポリッジャ州のアゾフ海に面しているメリトポリ市 などへの攻撃を強化している。劣勢を強いられているロシア軍は、 1週間ー10日に1回程度の割合で民間施設に対するミサイル、ドローン攻撃を継続している」
▲写真 ウクライナのコンスタンチノフカの建物がロシアの爆撃により燃え上がる(2022年12月28日)出典:Photo by Pierre Crom/Getty Images
ー〝銃後の守り〟を強化するため、ウクライナ全土に「不屈の拠点」が設置されていると聞くが。 どんな役割をしているのか
松田大使: 「11月から、内務省非常事 態庁がエネルギー・インフラに対する攻撃による大規模停電、断水などに備えて対策を開始、解放されたばかりのヘルソン市に最初の 「不屈の拠点( point of invincibility)」を設置した。学校など公共施設に常設されるタイプ と公園などに設置される移動式大型テントのタイプがある。
ーどんな設備、機能を備えているのか?
松田大使: いずれも発電機、充電用コンセント、暖房器具などのほか、飲食もでき、Wi-Fiも使用可能だ。応急処置の簡易ベッドが備えられ医療関係者が常駐している。 子供のための遊戯、塗り絵コーナーを備えているところもある。緊急時に市民は誰でもここで無料サービスを受けられる。市民の忍耐力、対応力の向上に貢献している。現在、ウクライナ全土で5500カ所の設置を目標に作業が進められている。
▲写真 バフムートの不屈の拠点でクリスマスツリーが飾られる。 出典:Photo by Taras Ibragimov/Suspilne Ukraine/JSC “UA:PBC”/Global Images Ukraine via Getty Images
■ 成果大きかったゼレンスキー大統領訪米
ーゼレンスキー大統領とバイデン米大統領の会談はどうだったか。両首脳はどんな意見交換をしたのか
松田大使: ウクライナ側は大きな成果があったと評価している。米側は、パトリオット・ミサイルの供与を含む18・5億ドルの追加軍事供与を発表し、ウクライナに対する支援継続を保証した。 ゼレンスキー氏は、謝意と新たな支援の要請に加え、平和のフォーミュラ(10項目提案)と国際平和フォーラム・サミット、対露制裁の強化、賠償メカニズム及び特別法廷という自らの考えを説明したと伝えられている。
ゼレンスキー大統領は、上下両院合同会議で演説し、中間選挙後の米国の支援の姿勢に変化がないこと、議会において基本的に超党派の支持が継続していることを確認した。12月20日に最前線のバフムートを電撃視察した直後にゼレンスキー氏が訪米したことは、ウクライナが戦線をコントロールできていることを示している。
▲写真 ゼレンスキー大統領がバイデン大統領とホワイトハウスで会談を行う(2022年12月21日)出典)Photo by Alex Wong/Getty Images
ーアメリカによるウクライナへのパトリオット・ミサイル供与に対してロシアはどうでるか
松田大使: プーチン大統領は、パトリオット・システムを破壊する旨の強気の反応を示している。7月に米国が供与を開始した高機動ロケット砲ハイマースが地上戦におけるゲームチェンジャーになったように、パトリオット・ミサイルがウクライナ防空戦でのゲームチ ェンジャーになるか、注目されるところだ。
■ 和平協議は見通し立たず
ーロシアはクリスマス撤収を拒否した。
松田大使: ロシア側が戦争終結に向け具体的で真剣な姿勢を見せていない現在、停戦や和平に向けた協議は行われていない。ゼレンスキー大統領は11月半ば、戦争終結に向けた10項目提案を発表、12月12日にはクリスマスに合わせた部隊撤収の開始を要求したが、ロシアは拒否した。 ゼレンスキー大統領は、12月18日のビデオ演説で、この冬に 『国際平和フォーラム・サミット』を開催したいと表明、真剣な姿勢をあらためてアピールした。ロシアの侵略に対して国際社会が結束して対応することが極めて重要であり、ウクライナ側の一連のイニシアティブは歓迎すべきだ。
ークーデターによるプーチン大統領の失脚、ICCによる訴追など、 多くの人たちの〝期待〟が実現することはないか
松田大使: ロシア国内における社会不安、政治情勢については、確たる情報がない。戦争犯罪については、ウクライナ検事総局や内務省国家警察などがすでに5万件以上のケースについて立件に向けた証拠収集を開始している。国際刑事裁判所(ICC)も集団殺害(ジェノサイド)を含む戦争犯罪の捜査を行っている。ロシアによる侵略自体の罪については、ウクライナ政府や欧州委員会が特別法廷の設置を提唱している。
■ 日本の支援、当面は厳冬対策が中心
ー日本は今後、どんな支援をするのか。地雷除去技術の供与などともいわれているが。来年はG7議長国であるのでそれにふさわしい協力が必要と思うが。
松田大使: 強力な対露制裁を科し、人道、財政支援、自衛隊装備品提供などを積極的に行ってきた。当面、この冬の寒さをしのぐための発電機、越冬用品などが必要だ。すでに国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じて、発電機やソーラー・ランタンの供与を開始している。使い捨てカイロや保温下着を提供、『不屈の拠点』 で配布すれば、市民生活に役立つだろう。 12月2日に、ウクライナ及び周辺国に向けて約5億ドルの追加予算措置を行った。占領地解放後の経済・社会活動再開、住民の帰還を見据え、仮設住宅、地雷除去、がれき処理、病院、学校、電力等の分野で支援していく。
▲写真 12月20-22日、日本政府がウクライナに送った発電機(「ウクライナの人々に発電機を送る越冬支援イニシアティブJAPAN」からウクライナ政府に寄贈された4台を含む25台)が現地に到着 出典:外務省facebook
■ 男たちと家族、別れの抱擁に感動
ー2023年の見通しは。ロシアが年初に大規模攻撃を仕掛けるとも伝えられているが
松田大使: ロシア軍による新たな攻勢に関しては、ウクライナ政府、軍が情報収集、分析を行っているが、現時点で確たる見通しを述べることは困難だ。
ー2022年2月の侵略開始以来、 さまざまなことがあったと思うが、よくも悪くも、もっとも印象に残っていることは
松田大使: これまでを振り返ってみて、脳裏に鮮明に浮かぶのは、3月初め、最後まで残ってくれた館員と一時国外退去したとき、国境の検問所で目撃したシーンだ。 (灯火管制の)暗闇の中、母や妻子、姉や妹を見送って来た父親、 夫、兄弟らが、家族と無言の抱擁を交わし一人、また一人とウクライナ国内に戻って行った後ろ姿だ。戒厳令下で成人男性は、原則として出国が禁じられているからだ。2023年こそは、無益な侵略戦争に終止符を打ち、離散した家族 たちが再会できることを祈っている。
トップ写真:ウクライナ兵がアメリカのM777 155mm榴弾砲を前線で使用する(2022年12月29日)出典:Photo by Pierre Crom/Getty Images
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この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長
昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。