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.国際  投稿日:2022/4/18

ロシアが突きつける核の脅威 その2 プーチンは本気か「はったり」か


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

 

【まとめ】

・ロシアの核恫喝に対して、アメリカでは政府以外での反応は多岐である。

・共和党保守派の戦略問題の権威ボルトン氏は、ロシアの核兵器使用を否定はできないとしている。

・核態勢発言を通して、自国民の支援を獲得し、欧米の政治指導者へ警告する意図が推測される。

 ロシアの核恫喝に対してはアメリカ側では政府以外での反応は多岐であり、活発だった。アメリカの専門家レベルでの反応としては、トランプ前政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏の見解を少し詳しく報告しよう。

 

 ボルトン氏は共和党保守派の戦略問題の権威だが、トランプ前大統領とは衝突して、政権を離れた。核戦略やロシアへの長年の取り組みの実績がある。

 そのボルトン氏はプーチン大統領の核抑止戦態勢宣言の直後にワシントンの安全保障専門雑誌「1945」「核のはったり?」と題する論文を発表した。同論文の副題は「プーチンはなぜロシアの核戦力を特別臨戦態勢においたのか」とされていた。

 

 ボルトン氏はこの論文でプーチン大統領の核態勢発言の意図は多分、ウクライナでの戦況の遅れへの焦りからの政治宣伝の要素が強いが、それでもなおウクライナの戦場で実際に小型の戦術核兵器を使う危険性も否定はできない、と警告していた。

 

 この警告の部分こそ可能性の順番が低いとはいえ、最重視せざるをえないだろう。そんな最悪の事態が起きれば、それこそ世界全体の危機、大規模な核戦争にもエスカレートしかねないからである。

写真)デューク大学で開かれたフォーラムで発言する元国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏(2020年2月17日)

出典)Photo by Melissa Sue Gerrits/Getty Images

 

 ボルトン論文の内容は以下のようだった。

 ▽ロシアのウクライナ侵略はプーチン大統領の願望どおりには進んでおらず、ウクライナは軍事面でロシア軍を効果的に抑え、情報戦の面でも優位に立っている。 

 ▽ロシア側はウクライナでの苦戦だけでなく、ロシア各地での反戦の動きも伝えられ、不利な状態にある。核兵器使用の可能性はロシア側のこの情報戦の不利を変える意図の結果だともみられる。

 ▽プーチン大統領はこの核カードにより第一にはロシア国民の関心と支援を改めて獲得しようとしている。ロシアがウクライナ侵攻の理由の一つとするNATO(北大西洋条約機構)からの歴史的な脅威を訴え、その脅威には核の威嚇もあるのだと説き、ロシア側にも核での対抗策があることを誇示する。

 ▽同時にプーチン大統領はいまウクライナでの戦闘に苦労しているロシア軍将兵に対して軍事的勝利のためには究極の手段として核兵器まで使う覚悟があるという姿勢の明示でその士気を高める効果を期待している。

 ▽プーチン大統領の核威嚇の第二の理由としては、ウクライナを支援するアメリカやヨーロッパの政治指導層への警告が考えられる。

 ▽米欧の政治指導層はロシアの軍事ドクトリンでは紛争に際して非核の相手国に対しても小型の戦術核兵器を使うことが認められている事実を認識しており、今回のロシア側の動きを空疎な威迫とは受け取らないだろう、とプーチン大統領は考える。

 ▽その結果、米欧はロシアの動きに警戒と懸念を高め、結束を弱め、ウクライナへの軍事支援もある程度、抑制することが期待される。

 ボルトン氏は以上のようにプーチン大統領の核の脅しの意図を読んでいた。本来、ロシア国民への激励と米欧側への警告とを意図する政治プロパガンダの要素が強い、と指摘するのだった。

 しかし、ボルトン氏は同時に、より慎重な見方をとって、場合によってはプーチン大統領は本当にウクライナでの戦術核兵器の使用を考えている可能性をも強調していた。

 その部分の記述は以下の骨子だった。

 ▽ロシアの核戦略は地域的な戦闘での小規模な戦術核兵器の先制使用は排除しておらず、その使用がありうることも明記している。だからウクライナでのロシアの核兵器使用が1945年以来の全世界での初の戦闘上の核使用となる危険も決して排除できない。

 ▽プーチン大統領はウクライナでの戦況がロシアにとって悪いままならば、ロシア国内での反発が激しくなり、政権を失うかもしれない。通常戦力だけでの戦闘ではウクライナを屈服できず、その苦境が続き、自身の政権が倒れる見通しが強くなれば、その打開に核兵器の使用に踏み切る可能性がある。

 ボルトン氏は以上のように「ロシアの核兵器使用」というシナリオの現実性が実際にはそれほど高くない、と注釈を強調しながらも、なお「ありうる事態」と総括していた。そのうえで「私たちはプーチンの核の脅しを衝動的ではなく、真剣に受け止めねばならない」と結んでいた。

 ただし、ボルトン氏のこの見解発表の数日後の時点ではアメリカ軍部はロシア軍の核戦力部隊に新たな動きはみられない、という情報をもらしていた。ボルトン氏もそんなことを承知して、「現段階」ではと強調して、プーチン氏の言葉がまだ「はったり」だと判断したのだろう。

(その3につづく。全5回)

●この記事は月刊雑誌「正論」2022年5月号の古森義久氏の論文「プーチンの『核宣言』と米欧のジレンマ」の転載です。

トップ写真)露モスクワで開かれたクリミア併合の記念式典で支持者に向けて演説をするプーチン大統領(2022年3月18日)

出典)Photo by Contributer/Getty Images

 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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