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.国際  投稿日:2022/6/27

北京の人事と対EU外交姿勢の転換


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

 

 

【まとめ】

・新疆ウイグル自治区の前トップ、陳全国が降格。対米ソフト路線への転換をアピールした公算が大きいとの見解も。

・党欧州特別代表の呉紅波は欧州に滞在し、EUにアプローチする姿勢を見せた。

・習政権が掲げている今年の経済成長目標5.5%の達成は非現実的だとの見方も。

 

5月14日、新疆ウイグル自治区の前トップ、陳全国(2016年8月〜2021年12月)は、北京で開催された「三農」シンポジウムに「中央農村工作指導グループ副主任」として出席した(正式な就任日は2022年6月14日)。なお、胡春華・副首相が同工作グループを率いている。

『日経アジア』(6月21日付)は、この自治区統治の“功労者”である陳全国が「降格」したと報じた(a)。そして、「陳全国は実質的に格下げされたうえ、66歳で党の最前線に復帰する可能性はなく、政治局員を引き続き務めることができるかどうかも不透明だ」と伝えている。

この人事は、秋の第20回党大会に向け、習政権が米国との緊張緩和を模索しているのではないかとの見方がある(b)。

1955年生まれの陳全国は、鄭州大学で政治経済学を学んだ後、武漢理工大学で経営学の博士号を取得した。その後、河北省党委員会副書記、チベット自治区党委員会書記などを歴任している。

陳全国の在任中、『環球時報』は、米国による「中傷キャンペーンが続いている」にもかかわらず、陳は新疆における「テロ、分離主義、宗教的過激派」の抑制と経済発展の促進に効果をあげたと報じた。陳はチベットと新疆という2つの自治区で指揮を執り、「再教育キャンプ」での強力な統治手法で知られる。

今年5月、海外の主要メディアが一斉に、数千枚の写真、数百枚のフォーム、及び、陳全国が新疆政策について行った演説の記録などを含む「新疆警察文書」を公開した。

『BBC』は、「再教育キャンプ」と刑務所によるウイグル人の大量監禁という新疆政府の「二本立て」のアプローチを分析し、陳が「脱走者を見つけ次第殺せ」と命令していた(c)と報じている。

以上の通り、陳全国は“功績”をあげたので、更に(政治局常務委員へ)昇進するのではないかと予想されていた。

けれども、トランプ前米大統領時代、陳は新疆ウイグル自治区の人権問題で、米国から制裁を受けた。そこで、第20回党大会前、北京が陳を「降格」させ、対米ソフト路線への転換をアピールした公算が大きいという見解もある。

一方、北京は中国・欧州関係修復のため、党欧州特別代表の呉紅波(元国連事務次長)を 3週間欧州に派遣した。

米国のシンクタンク、大西洋理事会のフレデリック・ケンプ会長はCNBCに寄稿し、習近平主席は第20党大会の“政治リスク”から身を守ろうとする方法を探り始めた(d)と述べた。

呉紅波がベルギー、キプロス、チェコ、フランス、ハンガリー、ドイツ、イタリアを訪問し、それぞれの地で「ゼロコロナ政策」から「戦狼外交」・「社会主義経済への回帰」に至るまで、多くの問題で、呉は北京が「過ちを犯した」と言及した、とケンプは書いている。

呉紅波は、ロシア・ウクライナ戦争に直接触れたことはなかったが、欧州が米国よりも好ましいパートナーであることを再確認するためのメッセージを伝えたという。ケンプは、呉紅波のEUへのアプローチの仕方は異常であるという。

さて、中国経済は、常に共産党がグローバルな影響力を行使し、内部プロパガンダの正当性を証明する基盤となっている。

写真)ロックダウン後の上海市内の様子 2022年6月25日

出典)Photo by Hugo Hu/Getty Images

オーストラリアのケビン・ラッド元首相は『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2022 年5月11日付)に、次のような内容を寄稿している(e)。

第1に、中国のGDPの29%を占める不動産部門の危機は、大手の恒大地産集団が昨年デフォルトに陥って以来、予想以上に悪化している。

第2に、習主席によるハイテク産業への締め付けを受け、中国のハイテク大手10社の株式時価総額は過去1年で2兆米ドル(約270兆円)超も減少した。これらの企業は最近何千人もの社員をレイオフしている。

第3に、ロシアによるウクライナへの侵攻は、エネルギーや資源の価格を急激に押し上げ、すでに新型コロナのパンデミックで停滞していたサプライチェーンを混乱させた。

第4に、習主席は「ゼロコロナ戦略」へのこだわりを持つ。この戦略は上海を含む都市での大規模ロックダウンにつながった。しかし、45都市のおよそ3億7300万人の人々は4月下旬以降、何らかの形のロックダウン措置を受けている。こうした地域は、中国のGDPの約40%を占め、年間GDPは約7.2兆米ドル(約972兆円)にのぼる。

以上を総合すると、習政権が掲げている今年の経済成長目標5.5%の達成は非現実的だと指摘している。

(注)

(a)『中国瞭望』

「陳全国が突然の降格、習近平が米国に頭を下げる意向か?」

(2022年6月22日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/06/22/2496938.html)。

(b)『日経アジア』

「中国新疆ウイグル自治区トップの『降格』、憶測を呼ぶ」(2022年6月21日付)

 (https://asia.nikkei.com/Politics/Former-Xinjiang-chief-s-demotion-in-China-sparks-speculation)。

(c)『BBC』

「新疆ウイグル自治区警察ファイル: 中国収容所の中」(2022年5月24日付)

https://www.bbc.co.uk/news/resources/idt-8df450b3-5d6d-4ed8-bdcc-bd99137eadc3)。

(d)『中国瞭望』

「習近平の特使が欧州訪問し、『戦狼』スタイルから一転、あちこちで過ちを認める」

(2022年6月21日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/06/21/2496565.html)。

(e)『WSJ』

「中国の景気失速招いた習氏の失策=豪元首相」

https://jp.wsj.com/articles/xi-jinping-scrambles-as-chinas-economy-stumbles-11652240921)。

トップ写真)中国共産党第19期全国代表大会 2017年10月19日北京

出典)Photo by Etienne Oliveau/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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