グローバルなブーム続くSMR投資(上)
中村悦二(フリージャーナリスト)
【まとめ】
・ビル・ゲイツは増大するCO₂排出ゼロの実現には「エネルギー・ミラクルが必要だ」と強調した。
・テラパワーの進行波炉(Traveling Wave Reactor=TRW)が有力とし、使用済み燃料を徐々に燃焼し、安全に長期に遠隔地でも運転できる利点を力説。
・小型モジュール炉(SMR)は品質の維持・向上、工期短縮、建設コスト削減が図れ、水素製造や地域の熱供給源としての利用も可能で、再エネの変動を補う脱炭素電源としても期待される。
マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツ氏は2010年2月、米カリフォルニア州ロングビーチで行われたTED(Technology、Entertainment、Design)会議に登壇し、「今日はエネルギーと気候変動について話そう」と切り出し、増大するCO₂排出ゼロの実現には「エネルギー・ミラクルが必要だ」と強調した。
TEDは1984年設立の非営利団体。高名な科学者、技術者、芸術家などを招いた同会議を毎年開催することで知られる。講演時間は18分間に限られ、そのあと司会役からの様々な質問に答える仕組み。同氏は前年、マラリア予防のワクチン普及へ蚊を放って聴衆を驚かせた。2010年の講演では蛍が光を発するのを見せながら、地球温暖化対策への関心を喚起した。
同氏は、エネルギー・ミラクルを起こすには自身が会長を務めるテラパワーの進行波炉(Traveling Wave Reactor=TRW)が有力とし、使用済み燃料を蠟燭のように徐々に燃焼し、安全に長期に遠隔地でも運転できるといった利点を力説した(今もこちらで視聴可能)。
ゲイツ氏のテラパワーとの関わりは、前マイクロソフト最高技術責任者であったナタン・ミルホルド氏を通じてのもの。ミルホルド氏は技術の目利きで多分野に知的所有権を持ち、原子力技術もその一環だった。
使用済み燃料を蠟燭のように徐々に燃焼することに関しては、東京工業大学の関本博教授(当時、現名誉教授)のCANDLE炉の研究が知られていた。同教授は米原子力学会でCANDLE炉が注目を浴び、米国の小型炉ブームを実感した、と当時語っていた。2010年3月には、ゲイツ氏が前年の11月に東芝を訪問し、東芝が開発中の小型高速炉4S(Super-Safe,Small&Simple)に関し、磯子エンジニアリングセンターを訪れたことが明るみになった(日本経済新聞3月23日付)。
テラパワーは2021年11月、ワイオミング州ケンメラーの石炭火力発電所(2025年に閉鎖予定)跡地を、開発中のナトリウム冷却高速炉と再生可能エネルギーとの連携可能な溶融塩エネルギー貯蔵システムを組み合わせた先進型原子炉「Natrium」の実証炉建設の優先サイトに選んだと発表した。
NatriumはGE日立ニュクリアエナジー(GEH)と共同開発しており、電気出力は34.5万kW。米エネルギー省(DOE)はこの原子炉の認可、建設、実証へ2028年までに約20億ドルを支援することになっている。テラパワーは今年1月末、日本原子力研究開発機構、三菱重工業、三菱FBRシステムズとナトリウム冷却型高速炉に関する協力覚書を締結した。度重なる事故で廃炉措置が採られている高速増殖炉「もんじゅ」での知見を取り込むのが狙いだ。ゲイツ氏は2010年のTEDで、新型炉は「実証に20年、(実用)展開に20年が必要」としていた。それに向け着々と布石が打たれている。
日本原子力研究開発機構の「海外におけるSMRの開発・導入動向(主要に2021年10月段階)によると、国際原子力機関(IAEA)は、従来の100万㎾を超える原子力発電所と違い、1基ごとの出力を小さくすることで原子炉の冷却を容易にし、安全性を高めた30万kW以下の原子炉を小型モジュール炉(SMR)としている。
工場で構成モジュールであるユニットを製造して組み立て、建設地に運び据え付けることで、品質の維持・向上、工期の短縮、建設コスト削減が図れる。需要に応じて、原子炉モジュールの設置数を変えられる。また、水素製造や地域の熱供給源としての利用も可能で、再生可能エネルギーの変動を補う脱炭素電源としても期待されている。こうした利点から、欧米や中国、ロシア、韓国など世界でSMRの開発や導入に向けた動きが高まっている。
DOEは、最も実用化が近いとみられる熱出力20万Wt・電気出力7.7万㎾のSMR「NuScale Power Module=NPM」開発のニュースケール・パワーに、2013年から現在まで4億ドル弱の支援を実施。NPMはアイダホ国立研究所内で2029年の運転開始を目指しているが、その所有者のユタ州公営共同事業体も2020年10月に10年間にわたる13億5,500万ドルの資金援助を発表している。この事業は西海岸の脱炭素発電プロジェクト(CFPP)のモデルとなるものだ。
DOEはさらに、2020年5月に新型炉実証プログラムを開始した。このプログラムは新型炉をSMRに限定せず、軽水炉も含み、官民の費用分担が前提。同年10月に支援先として、テラパワーとぺブルベッド型高温ガス炉「Xe-100」開発のXエナジーを選定。その7年間のDOEの支援総額は32億ドルとした。同年12月には、フッ化物塩冷却高温炉開発のカイロス・パワー(7年間の総投資額6億2900万ドル、うちDOE支援分3億300万ドル)、ヒートパイプ冷却炉「eVinci」超小型炉設計のウエスチングハウス・エレクトリック(7年間総投資額930万ドル、うちDOE支援分740万ドル)、テラパワーの溶融塩化物冷却高速炉開発に協力のサザン・カンパニー・サービセズ(7年間の総投資額1億1,300万ドル、うちDOE分9040万ドル)など5社を支援先に選んだ。
DOEのSMR開発支援プロジェクトは上記以外にもあるが、上記の支援総額だけで39億ドル強、日本円にして5兆円を超える。
(下につづく。全2回)
トップ写真:ビル・ゲイツ 出典:Photo by Thierry Monasse/Getty Images
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この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)