無料会員募集中
.国際  投稿日:2022/8/29

中印EdTech その違いとは


中村悦二(フリージャーナリスト)

【まとめ】

・中国政府の民間教育分野での規制発表を受け、中国のEdTech産業は打撃をこうむっている。

・中国のEdTech企業はK-12向けの代わりに、職業訓練、大学院での対策、公務員試験対策といった分野への事業転換を図っている。

・インドのEdTech企業はKー12向けや大学等の補習教育など多分野に注力しており、好況を迎えた。

 

中国とインドのEdTech(教育・学習支援)企業が対照的な動きを見せている。中国政府は昨年の夏から秋にかけ、学習塾の非営利企業化、家庭教師によるオンライン個別指導の禁止、住居やホテルなど未登録場所での授業の禁止など民間の教育分野での活動規制策を相次いで発表。この結果、中国のEdTech産業は打撃をこうむり、企業はその対応に追われている

オンライン個別指導は、新型コロナ禍の下、急成長を遂げてきた。EdTech企業成長のバックボーンであった。中国のEdTech企業は規制の対象である幼稚園から高校(K-12)までに代わりに、職業訓練、大学院での対策、公務員試験対策といった分野への事業転換を図っている。

一方、インド最大のEdTechユニコーン(企業評価額が10億ドルを超える新興の非公開企業)であるバイジューズBYJU’sは世界のユニコーン・ランキング14位。その企業評価額は220億ドルと、中国のEdTechユニコーン最大手のYuanfudao(猿輔導)の企業評価額155億ドルを凌いでいる。バイジューズは海外企業のM&Aも積極展開している。インドでは今年に入っても、ユニコーン入りするEdTech企業が出ている

米国の調査会社であるCBインサイツによる2022年7月段階の1060社弱のユニコーン・リストによると、Fintech(金融)、EC(電子商取引)、AI(人工知能)、Health(医療)、インターネット・ソフト&サービスといった分野のユニコーン数には大分劣るが、EdTechでは32社が入っている。国別では、中国が12社と一番多く、米国が9社、インドが7社と続き、英国、カナダ、オーストリア、イスラエルが各1社となっている。

EdTechなどの分野に関する米調査会社のHolonIQの最新データ(今年7月末段階)によると、世界のEdTech企業数は36社(米国が16社、中国が8社、インドが7社、オーストリア、カナダ、豪州、英国、イスラエルが各1社)。中国のEdTech企業の資金調達額は2018年が52億ドル、2019年は39億ドルに落ち込んだものの、2020年は102億ドルと急拡大した。2020年の米国、インド、欧州のEdTech企業の資金調達額がそれぞれ25億ドル、23億ドル、8億ドルだったことに比べると、中国の額がいかに大きかったかが分かる。政府の規制が始まった2021年には中国のEdTech企業の資金調達額は27億ドルへと急減、今年上半期は2020年の4%弱の4億ドルにまで落ち込んでいる。これに対し、米国はそれぞれ83億ドル、39億ドル、インドは38億ドル、35億ドル、欧州は30億8000万ドル、20億ドルと伸びている。

K-12向けオンライン学習指導で伸びた中国の個別ユニコーン企業の規制後の業績はなかなか分からないが、中国のEdTech企業の中には、ケイマン諸島からニューヨーク証券取引所などに株式を上場しているTAL(好未来)エジュケーション・グループNew Oriental(新東方) エジュケーション&テクノロジー・グループGaotu Techedu(高途テクエジュ) といった大手が存在する。ちなみに、浙江省杭州市に本社を置くEC大手の阿里巴巴集団(アリババグループ)がニューヨーク証券取引所に株式を上場した際にも、同諸島のアリババグループホールディングから、となっている。

上場企業への影響はすぐ表面化した。政府の規制発表を受け、各社の株価は急落。New Oriental は営業利益の80%減を受け、今年1月に6万人のリストラを実施。他の上場企業の売上げも、例えば、Gaotu Techeduの2022年1-3月期の売上げは7億2461万5000元(約142億円)と前年同期比マイナス62.7%の大幅減となった。損益は先行投資が必要な業界を反映し赤字体質が続いている。同社は対応策として、大学生や社会人向けの専門的な教育・学習、職業訓練教育、大学院入試や公務員・教員資格試験向け対策、IT教育といった分野に業容をシフトしていることを強調している。同じ赤字体質の他社も、Gaotu Techeduと同様の分野への事業転換を図っている。

▲写真 中国大手教育機構New Oriental(新東方) エジュケーション&テクノロジー・グループ 出典:新東方ホームページ

上記のユニコーン・ランキングで上位400社台に乗った、対話アプリ「微信(ウィーチャット)」で知られるテンセント系列のFenbi(粉筆)・エジュケーションは公務員試験対策などに特化する業容に転換を図っていることを強調。今年2月末に香港証券取引所に新規株式公開(IPO)を申請した。政府の一連の規制実施後初のEdTech企業のIPOの行方に関心が集まったが、申請が受理されたという報道はない。

政府の規制の背景を巡っては、世界でも有数の学歴社会である中国で、少子化対策で「二人っ子政策」から「三人っ子政策」を進める上で高騰する教育費負担を軽減する必要、それに教育を受ける公平性の明確化が習近平政権の進める「共同富裕」の観点から指摘されている。

インドのEdTech企業では、リード・スクール(LEAD School)フィジックスワーラー(PhysicsWallah)が今年に入り、企業評価額各11億ドルでユニコーン入りしている。リードは、多くのEdTech企業がK―12向けや大学等の補習教育に注力している中、K―12の「学校変革」をその使命に掲げている。同社は統合教育・学習システム(プラットフォーム)づくりを進め、技術、カリキュラム、教育学の進展を取り込んでいる。その成果を基に学校側に教育の質の向上、中間職削減が図れることを示し採用を働きかけている。現在、20州にまたがる400都市の3500以上の学校が同社のプラットフォームを利用し、教師約2万5000人、生徒約140万がその恩恵を受けている、としている。

フィジックスワーラーは米国のグーグル、アマゾン、メタ(旧フェイスブック)、マイクロソフトなどから引っ張りだこの卒業生を輩出することで知られるインド工科大学(IIT)23校の入試科目(物理、化学、数学)の教育・学習の支援企業。米シリコンバレーで、名門IIT卒に対する年収提示額の3000万円超えも珍しくないという。

インドの学校は対面授業を再開し、父兄はインフレ対策で教育費負担を見直している。EdTechはさらに独自色を打ち出すことが迫られているといえる。

バイジューズは内外でEdTech企業買収を続け、グローバル企業化を図っているが、バイジューズの親会社であるThink&Learnはインド企業省から2020年4月―2021年3月の連結決算報告に関し「提出期限を7か月過ぎても提出されていない」ことの説明を求められていると報じられている。

トップ写真:コロナ緩和した後、学校に戻った子供(2021.2.23、イギリス)※イメージ 出典:Photo by Matthew Horwood/Getty Images




この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト

1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)


 

中村悦二

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."