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.政治  投稿日:2022/9/12

軍拡路線追認する新聞に問う その1


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・日経の記事は自衛隊装備の高コスト体質には触れず、単に整備費が不足していると述べている

・整備の予算拡大を要求する前に過剰に高い調達単価と維持費を抑え、維持整備費を意識した装備選択をするべきだ

・国防のために行うべき装備調達は、防衛省に目的化されている。

 

まずトップ写真をみていただきたい。

部品取りされたF-2戦闘機」と、キャプション付きの写真は、防衛省の来年度概算要求の内局や空幕の資料で何度も使われている。小野寺元大臣も国会でこの話を持ち出して「可哀想なF-2」をアピールしていた。(参考:清谷信一公式ブログ「可哀想な戦闘機と可哀想な防衛大臣」

これは防衛省が意図的に国民に装備の整備費用が足りない、だから予算を増やしてくれと視覚的にアピールしているものだろう。それを検証もなく、防衛省や自衛隊の主張を鵜呑みにしているが日本経済新聞の防衛記事だ。以前から日経は世論誘導とも取れる政府の軍拡路線を肯定する記事を書いてきた。(日本経済新聞「防衛装備品、5割が稼働できず 弾薬など脆弱な継戦能力」

(以下、引用)

>「稼働できる航空機が足りません。編隊を組む演習では規定の機体数が用意できないです」。航空自衛隊でこんな悲鳴が上がる。

>陸海空の3自衛隊全てで同じ声がある。近年は航空機や戦車など装備品の稼働率が大幅に低下している。

(引用おわり)

問題の本質は、防衛省、自衛隊が過度に高い装備に偏重した歪んだ予算を組んできたことにある

防衛省、自衛隊が適切に予算を使う努力をして、無駄買いしていないというならば整備費用増額もやむなし、だ。だが実態は違う。

防衛省、自衛隊は他国の何倍も高い装備、整備費を漫然と使って、予算を浪費し、整備維持、弾薬や燃料の備蓄を軽視してきた。それは防衛省や自衛隊が実戦を想定していないからだ。

装備調達は本来国防のために行うが、防衛省では装備を調達すること自体が目的化しており、稼働しない「博物館」でかまわない、というのが長年の防衛省、自衛隊の文化だ

例えば陸自の74式や90式戦車は他国の3倍の調達コストだった。小銃や機銃など小火器は数倍から10倍以上である。弾薬も一桁高い調達単価だ。

空自のF-15J戦闘機は米国製の3倍で、F-2は単発なのに、双発F-15Jとほぼ同じ調達単価だ。そして整備費・維持費はF-15よりも高い。

F-35も組み立てを日本で行うことしてわざわざ高く調達していたが、財務省にコストが高い、輸入に切り替えろと言われて、慌てて生産コストを輸入品よりも下げて国内生産を続けている。

海自の掃海ヘリ、MCH-101はたった11機調達するのに国内生産、事実上は組み立てだけで2倍以上。P-1哨戒機は機体、エンジン、システム全部専用で当然調達、運用コストは高くなる。ベストセラー旅客機737をベースにした米軍とは大違いだ。どこの国でもそのような「贅沢」はしていない。

C-2の調達、運用コストは他国の輸送機の数倍だ。C-2のCPFH(Cost Per Flight Hour)は約 274万円、米空軍のC-130Jが 約 61.8万円、C-17が 約150.9万円(※1ドル/ 112円 30年度支出官レート)だ。(※参考:『防衛』平成30年10月24日)

▲写真 輸送機C-2 出典:航空自衛隊

C-2のCPFHはC-130Jの4.4倍、C-17の1.8倍にもなる。ペイロード1トン当たりのCPFHは、C-2は10.5万円(26トン)、C-130Jは3万円(20トン)C-17(77トン)は1.96万円である。C-2のペイロード1トン辺りのCPFHはC-130Jの約3.5倍、C-17の5.4倍と、比較にならないほど高い。

因みに1機あたりのLCC(ライフ・サイクル・コスト)はC-2が 約 635億円、C-130Jが 約 94億円、C-17が 約 349億円である。C-2の1機あたりのLCCはC-130Jの6.8倍、C-17の1.8倍である。

これがペイロード1トン当たりのLCCになるとC-2は24.4億円、C-130Jは4.7億円、C-17が4.5億円であり、C-2の1機あたりのLCCは、C-130Jの5.2倍、C-17の5.4倍となり、これまた比較にならないほど高い。

調達単価も来年度(当時)の防衛省概算要求では1機225億円で(令和5年度は約256億円、内初度費34億円)、ペイロードが3倍近いC-17と同等である。C-2の調達及び維持費は輸送機としては極端に高いことがわかるだろう。調達単価、CPFHの面からもC-2は極めてコストが高い

こういう自衛隊装備の高コスト体質に日経の記事は全く触れずに、単に整備費が不足していると述べている。これはフェアな報道ではない。

例えるなら手取り400万円の経済観念のないサラリーマンが通勤用に70年代のビンテージのアルファロメオを1千万円でローン組んで買うようなものだ。ローン返済で食費も、ガソリン代も事欠くだろう。

その場合の解決策は会社に給料を上げてくれ、ではなくアルファロメオをより価格も維持費も安い中古のカローラなどに変える方が先だろう。

整備の予算拡大を要求する前に過剰に高い調達単価と維持費を抑え、維持整備費を意識した装備選択をするべきだ。何人も防衛省記者クラブに記者が詰めていながら、なぜそういう視点で記事がかけないのか大変不思議な話である。

(以下、引用)

>防衛省は非公式に実態を調査した。全装備品のうち足元で稼働するのは5割あまりだった。稼働していない5割弱のうち半数は「整備中」だが、残りは修理に必要な部品や予算がない「整備待ち」に分類された。

(引用おわり)

日経の報道だと最近調査しましたと読めるが、それは事実ではない。自衛隊は装備の稼働率に大変無関心だった。実はかつて各幕僚監部は主要装備の稼働率を調査、把握していなかった。

そこで十数年前に稼働率の低さを問題視した内局が主導して調査を行うようになった。その結果は惨憺たるものだった。筆者は歴代防衛大臣に稼働率の開示をすべきではないかと質問してきたが、「敵に手の内は明かせない」と断ってきた。「敵」というのは納税者のことだろうか。

実はその稼働率に低さは東日本大震災という「実戦」で明らかになった。偵察用のバイクなど稼働率は3割程度だった。装備の稼働率が高ければ救えた命ももっと多かった可能性がある。だが防衛省は稼働率の公表を避けてきた。防衛省には稼働率の向上など触れるべきではない、自分たちは正しい、現状でいいじゃないかという意識が強かった。

従来よりも巨額になることが明白な概算要求が出た頃に、その「手の内」を防衛省関係者が日経に内容や数字を教えたのだとしたら、それは日経が防衛省、あるいは政権の意を汲んだ記事を書くことを期待していたからではないだろうか。

(以下、引用)

>日本の2022年度の防衛予算のうち、維持整備費は1兆1000億円と2割ほどを占める。「整備待ち」を解消するには「倍以上は必要」との意見がある。

>弾薬の中でも深刻なのは、ミサイルを迎撃する地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)などに使う精密誘導弾の不足だ。自衛隊幹部は「南西諸島で有事があれば数日も持たない」と明かす。

>PAC3は1発あたり数億円とされる。迎撃ミサイルには1発数十億円のものもある。予算の枠内での優先度は低かった。

(引用おわり)

▲写真 地対空誘導弾ペトリオット(PAC-3) 出典:航空自衛隊

基本的に防衛省や自衛隊では対空ミサイルのセットがあればいいや、演習でミサイルがあればいいや、というのが防衛省と自衛隊のスタンスである。そして国産ミサイルは調達数が少ないこともあって、たいへん高コストだ。ミサイルの備蓄を増やすより、システムの調達を優先してきたのだ。

防衛省には安価な外国製に切り替える、それが嫌ならば零細規模のミサイル関連防衛企業を統廃合して生産効率を向上させるという、どこの国でもやっている方策をとらずに、漫然と高コスト調達を続けてきた

これは航空機や電子機器など他の装備でも同じだ。メーカーを統廃合すれば多くの零細メーカーに細切れで細く長く、発注してラインを維持する必要がなくなる。ただそれには痛みが伴うし、天下り先も減るので、防衛省、自衛隊はこれを放置してきた。しかも日本の防衛産業は輸出市場でコスト競争に晒されていないので、高コスト体質が染み付いている

防衛省は北朝鮮の弾道弾は大脅威だとして、MD(ミサイル防衛)に力を入れていると表明してきた。だが海自のMD用イージス艦は8発しかSM3を搭載していない。担当の2隻で16発、通常は弾道弾1発に対して2発のSM3を撃つので、弾道弾8発にしか対応できず、飽和攻撃にはお手上げだ。これを長年放置してきた。MDも形だけで本気で対処する気がなかったからだろう。危機が切実であれば、他の装備を減らしてでもSM3を調達していただろう。

(以下、引用)

>弾薬は長期間は保管しにくい。政府の内部資料によると、機銃や迫撃砲の弾を含む弾薬全般の備蓄は「最大2カ月ほど」とされるが、既に1~2割は古くて使用できないとみられる。

>ソ連の侵攻に備えた冷戦期のまま、いまも日本の弾薬の7割が北海道にある。中国の脅威が迫る九州・沖縄は1割以下だ。弾薬庫の設置が進まない。

(引用おわり)

▲写真 北海道補給処近文台弾薬支処 出典:陸上自衛隊

この「内部資料」も大概怪しい。陸自では現用の弾薬だけではなく、その昔使っていた106ミリ無反動砲や最近退役した203ミリ榴弾砲の弾薬も大量に備蓄している。その廃棄は遅々として進んでいない。それは廃棄費用を捻出ができないからだ。既に退役して撃つ砲がない203ミリ弾をどのように活用するのだろうか。

少なくとも陸自に関しては、不要な弾薬を廃棄すればその分収納能力に余裕がでてくるはずだ。それを概算要求ではまったく廃棄費用を増やす必要性を説かずに、弾薬庫の新設だけ主張している。また新規の弾薬庫の建設には火薬法などの見直しも必要ですが防衛省にはその気はないようだ。

情報提供者の情報がどのような意味を持つのか、日経の記者は自衛隊の実態を取材した上で判断すべきではないだろうか?

この記事だけを読めば、普通の読者は、自衛隊は予算が無いから、整備もできずに弾薬もたりないのだ、であれば防衛費の大幅な増額もやむなしと考えるだろう。

私から見ると世論誘導や情報操作のような記事になっている。防衛費の一面だけを読者に提供することで、防衛費増額やむなしという世論が醸成されてしまうことはあってはならない。控えめにいって世論をミスリードする記事だ。

(続く)

トップ写真:「部品取りされたF-2戦闘機」 出典:防衛省「我が国の防衛と予算」令和5年度概算要求の概要




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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