習近平主席「軟禁」説の検証

澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・習主席が外遊から急遽帰国。国内で“不穏な動き”か。習氏「軟禁」の噂も。過去には外遊中のクーデターで失脚したリーダーも。
・元党最高幹部による主張や、王毅外相による米政府への提案に「改革・開放」路線強調。習主席の毛沢東型社会主義路線に反する。
・党の軍事セミナー最前列に失脚したはずの戦区司令官の姿。習主席礼賛論文のサブタイトルにも「『党中央』の指導」と取れる表記が。
今年(2022年)9月16日深夜、ウズベキスタン・サマルカンドで開催された「上海協力機構」首脳会議から、習近平主席は急遽、北京へ戻った。国内で“不穏な動き”があったからである。その後、まもなく習近平主席が北京で「軟禁」されたという噂(a)が流れている。
中国共産党政権下では、かつて劉少奇・華国鋒・趙紫陽のトップリーダーが外遊中に国内でクーデターが起き、その後、3人は失脚した。
現時点で、習主席「軟禁」説の真偽は定かではない。ただ、確証はないが、“傍証”はあるので、時系列的に紹介したい。
第1に、9月12日、北京の万寿ホテルで江蘇省の高齢者支援基金設立10周年記念式典が行われた(b)。
その際、宋平(105歳)元政治局常務委員(最高幹部)が「改革・開放は中国が発展する唯一の道である」と述べたという。
引退して久しい元幹部が、突如、登場し発言するとは、極めて異例である。その宋平(胡錦濤をトップに推薦)の発言は、5日後の17日「網易」へ転送されたが、すぐに削除された。
周知の通り、習主席は鄧小平路線の「改革・開放」をこころよく思わず、毛沢東型の社会主義路線へと回帰しようとしている。ところが、宋平は、主席の方針を真っ向から否定した。
実は、宋平は、かつて蘭州軍区(2016年2月以前の7大軍区の1つ。その後、同軍区は成都軍区と一緒になり「西部戦区」が誕生)で政治委員を務めた経験がある。つまり、宋平は軍への影響力を持つ。
一説によれば、習主席が渡航に出た9月14日、胡錦濤・温家宝は宋平を説得し、その夜、胡・温は中央警備局をコントロール(a)した。そして、江沢民や北京の中央委員、元常務委員らで「習主席を挙手によって退位させた」という。
第2に、9月19日、新華社は中国共産党中央委員会が有力幹部に対し、「能力のある者は昇格し、無い者は降格する」という最新の規定を発表(c)した。
これは習主席を辞任させるための規定ではないかと囁かれている(目下、習主席は適切な時期に辞めるべきだというのが、党内部と人民のコンセンサスになっているのかもしれない)。
第3に、同日(現地時間)、王毅外相は、ニューヨークで米国の経済貿易実務担当者と会談した。その際、王外相は(現在、米中関係は国交樹立以来、最悪とも言える状況だが)中国の「5つの確実性」について説明(d)した。その中の2番目に、北京による「改革・開放」への決意は確かだ、と強調したのである。これは、今の習近平政権では、奇妙な主張ではないだろうか。

▲写真 ニューヨークを訪問中の王毅外相(2022年9月22日 米・ニューヨーク) 出典:Photo by Michael M. Santiago/Getty Images
第4に、9月21日、中国共産党の国防・軍事改革に関するセミナーが北京で開かれた(e)。
珍しく、習軍事委主席が欠席(主席に近い魏鳳和・国防部長も欠席)した。だが、主席は、軍に対し戦争の準備と戦闘に集中するよう指示を出している。
当日のCCTVニュース映像では、李橋銘が最前列に座っているのが映し出された。これは誠に不思議な光景ではないか。
9月8日深夜、前北部戦区司令官だった李橋銘は、習主席への軍権譲渡を拒み、内戦を起こした。同日昼間、習主席は李の代わりに王強を新しく北部戦区司令官に任命している。したがって、李橋銘は失脚したと考えられていた。
ところが、今回のセミナーでは、なぜか最前列に登場している(第20回党大会後、まるで李橋銘が軍事委副主席へ昇格するのを暗示しているかのようである)。
第5に、9月23日、中央軍事委員会弁公庁が「その人は、コントロール下にある」というニュースを流した(f)。「その人」とは、意味深長な言い回しだが、おそらく習主席を指しているのではないだろうか。
第6に、同日付『人民日報』に、「新時代の強軍改革の偉大な実践―国防・軍事改革を深化させた党中央と習主席の指導についての概説―」という論考が掲載(g)された。
本来、これは習主席を礼賛する論文だった(a)という。ところが、サブタイトルの初め、すなわち主席の前に「党中央」の三文字が入っている。これによって、「党中央」がすべてを指揮しているという事を示すと考えられないだろうか。
〔注〕
(a)『万維ビデオ』:「元老たちによる習近平“自宅軟禁”暴露、官製メディア、習近平から軍権奪取の暗示」(2022年9月22日付)
(b)『万維ビデオ』:「第20回党大会の前に、中国共産党のベテラン、宋平が登場し、改革・開放を語ったが、削除される」(2022年9月19日付)
https://video.creaders.net/2022/09/19/2527198.html
(c)『万維ビデオ』:「共産党が突然『能力があれば昇進、無能ならば降格』と言及したのは、一体、どういうことなのか」(2022年9月20日付)
(d)『中国瞭望』:「王毅は、突然、米中友好を訴え、反米こそ刀を渡して中国を陥れる」(2022年9月21日付)
(e)『万維ビデオ』:「軍の状況?習の軍権不安定、クーデター説の主役が登場」(2022年9月22日付)
(f)『中国ニュースセンター』:「軍事委員会事務局からの最新情報 『その人はコントロール下にある』」(2022年9月24日付)
http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2022-09/23/nw.D110000renmrb_20220923_2-01.htm
トップ写真:習近平国家主席(2022年3月 北京) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

