公から姿を消した秦剛外相
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国の秦剛国務委員兼外相が公の場所に姿を現していない。
・背景に、王毅と秦剛の対立か。
・女性スキャンダルやロケット軍「クーデター」への関与も取り沙汰。
今年(2023年)6月25日から今に至るまで、中国の秦剛国務委員兼外相が公の場所に姿を現していない(a)。外相としては極めて異例だろう。秦剛が最後に公の場に姿を現したのは6月25日で、スリランカ、ロシア、ベトナムの高官と会談した時である。
実は、秦剛外相は近くジョセップ・ボレリEU上級代表(外務・安全保障政策責任者)と会談する予定(b)だった。だが、7月5日、北京は何の説明もなく突然、ボレリ代表の訪中を一方的にキャンセルした。
7月7日、中国外務省の汪文斌報道官は、記者会見で秦剛外相に健康上の問題はないかと質問されたが、具体的に答えなかった。
ここで、秦剛の失踪理由を考えてみたい。
第1に、もしかして、秦剛の“ロケット昇進”と何か関係があるのかもしれない。
王毅前外相は2013年3月に外相に就任し、2018年に国務委員を兼任している。国務委員へ昇格するまで5年かかった。一方、秦剛は外相就任後、わずか3ヵ月で国務委員を兼務している。
第2に、王毅と秦剛の対立である。
最近、王毅と秦剛は、それぞれ中央外事弁公室主任と外務大臣というポストに昇進した。王毅の主戦場はロシアと欧州で、秦剛のそれは米国であり、役割分担は異なる。だが、2人の方向性は別だと言われる。
他方、外相はしばしば年功や年齢ではなく、トップから信頼されているかどうかで決まる。その結果、新任の外相は弱く、能力も欠如しているという。
第3に、今年、中国は外交上のトラブルが頻発している。
①今年2月、米中間で「スパイ気球事件」が発生した。
②盧沙野駐仏大使と邢海明駐韓大使がそれぞれフランス・韓国と外交的対立を引き起こした。
③駐米大使の人選で王毅と秦剛の意見が異なった。
④秦剛は外交攻勢で、諸外国要人の中国訪問の機会を作ろうと目論んだが、ほとんど成功せず、習主席は孤独である。
⑤ブリンケン国務長官が訪中後、バイデン大統領は習主席を「独裁者」と呼び、主席が激怒した。
⑥秦剛は李強首相の訪欧を推進したが、首相の特別機への搭乗を認めない、記者の質問に答えさせない等の“格下げ”に習主席は納得がいかなかったという。
⑦ジョセップ・ボレルEU上級代表は中国に批判的な発言をしたため、訪中がキャンセルされた。
習主席は秦剛を信頼していたという。だが、外相就任以来、秦剛は色々な行動を起こしているにもかかわらず、その効果はほとんど出ていない。
ところで、秦剛外相が公の場所に姿を現さなくなったのは「女性スキャンダル」で失脚したのではないかと囁かれている。お相手は香港フェニックステレビ(鳳凰衛視)の《風雲対話》キャスター、傅暁田である。
実は、王毅が秦剛のスピード昇進を妬んだり、自分の部下、趙立堅元外交部報道官の更迭を恨んだりして、秦剛の「スキャンダル」を暴露したのではないかという説もある。
今年4月、傅暁田は、微博(ウェイボー)に子供と一緒の写真をアップしているが、この子供こそ秦剛の子ではないかと噂されている。そして、問題は傅暁田が「スパイ」(それも「2重スパイ」か)だったとの報道が出ている事だろう。
才媛の傅暁田は、北京大学で経済学を学んだ後、英ケンブリッジ大学で教育学のマスターを取得(c)している。傅暁田は英国留学時に同国のスパイ(MI6所属したか)になったと報じられている。
傅暁田は、ニュージーランドの首相、ジョン・キー(在位は2008年~16年)との関係も取り沙汰されている。2016年12月5日、家庭の事情を理由に突然の首相辞任を表明したが、一説には、この時、傅暁田との関係が暴露される寸前だったという。
ところで、李玉超・ロケット軍司令官の息子が、昨秋までに米国へ中国のロケットや核ミサイル等の軍事機密を漏洩したと(d)される。
そこで、6月27日、李玉超は調査される事になった。他方、7月 6 日、ロケット軍の呉国華・副司令官が自殺している。ひょっとして、ロケット軍が「クーデター」を起こしたのではないか。そのため、当時、米駐在大使だった秦剛も同「クーデター」に関わったかもしれないとして、現在、調査されている(e)のではないだろうか。
〔注〕
(a)『中国瞭望』
「秦剛が“失踪”するという異常な現象が起こる」
(2023年7月19日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/07/19/2628306.html)。
(b)『中国瞭望』
「秦剛外相はなぜ突然姿を消したのか?」
(2023年7月9日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/07/09/2625015.html)。
(c)『チャイナ・ニュース・センター』
「秦剛の愛人、傅暁天は元スパイだった!彼女はかつてニュージーランド国家党のジョン・キー首相とスキャンダルがあったと噂されている」
(2023年7月13日付)
(https://chinanewscenter.com/archives/38792)。
(d)『チャイナ・ニュース・センター』
「線が徐々に明確になってきた:秦剛の愛人、傅暁田がロケット軍『クーデター』に関与しているのか? それともロケット軍機密漏洩事件に関係しているのか?」
(2023年7月13日付)
(https://chinanewscenter.com/archives/38796)。
(e)『万維ビデオ』
「速報!確かに、秦剛は調査を受けている」
(2023年7月18日付)
(https://video.creaders.net/2023/07/18/2628053.html)。
トップ写真:第14期全国人民代表大会(全人代)第1回会議中の記者会見に出席する中国の秦剛外相(2023年3月7日 中国・北京)
出典:Photo by Lintao Zhang/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。