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.国際  投稿日:2023/10/27

習近平政権は「戦狼外交」をやめたのか?


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・「一帯一路」構想は、反米勢力の結集という戦略的思考から生まれた同盟戦略。

・習政権は、イスラエルよりもハマスを秘密裏に支持しているのではないか。

・直近では、中国は世界への対応で外交姿勢を軟化させている。

 

習近平政権は、イスラエルとハマスとの戦いで、ハマスに対する厳しい非難を避けている(a)。

これまでイスラエルは中国の経済建設を援助してきたし、中国の軍事技術(例:J-10戦闘機)も密かに支援(b)してきた。1992年、中国とイスラエルが国交正常化した後、両国の貿易が増大し、近頃、イスラエルにとって中国は米国に次ぐ、第2位の貿易相手国になっている。

近年、中国は鄧小平時代の「韜光養晦」から習近平時代の「中華民族の偉大なる復興」へと国家戦略を転換した。そして、習近平主席は、米国に代わって、中国を中心とした世界的覇権の掌握を最終目標と決めた観がある。

その「中華民族の偉大なる復興」という世界戦略に照らせば、まずは障害となるものを排除する必要があるだろう。そのためには、ハマスとタリバンなどイスラム過激派を含む、すべての反米・反西欧勢力を結集しなければならない。

中国からすれば、欧米列強の対中封鎖戦略を阻止するには、アジア内陸部への進出は戦略的に有効な選択肢となった。「一帯一路」構想は、そうした反米勢力の結集という戦略的思考から生まれた同盟戦略だと考えられる。

この戦略の核心は、北京の戦略的意図が露呈して中国が包囲された場合に備え、米国主導体制から独立した経済・貿易体制を形成することにあるだろう。

中東は近代になっても長い間貧窮して過激派の発生の温床になった。また、ここ数年間、中東は「イスラム復興主義」と結合して、反米・反西欧帝国主義の波を巻き起こしている。

中国共産党の“統一戦線”下では、中東において反米・反西欧帝国主義勢力と連帯することが最も重要な戦略目標となるだろう。

例えば、2021年、米国がアフガニスタンから撤退した後、タリバンは、すぐに北京へ人を送り込み、中国からの財政投資や武器の支援を要請している。

「一帯一路」にせよ、テロ組織との友好にせよ、イランとサウジアラビアの和解促進にせよ、いずれも習主席による「中華民族の偉大なる復興」という戦略目標を達成するためではないのか。

したがって、中国軍の武器がタリバンやハマスやヒズボラの手に渡ったとしても驚くに当たらないだろう。結局、中国にとって、これらの過激派組織は米国や西側に対抗する同盟と考えられる。

中国共産党からすれば、今後、北京が米国と世界の覇権を争う際、米国と親密なイスラエルは中東にとって最も脅威となる公算が大きい。そのため、目下、習政権は、イスラエルよりもハマスを秘密裏に支持しているのではないだろうか。

だが、一方、次のような見解もある。

現在、中国共産党は、大きな政治・経済危機に直面し、金融危機さえ囁かれている(c)。

そこで、習近平政権は、“国家安全保障”を理由に、3年間収監中されていたオーストラリア出身のニュースキャスター、成蕾を釈放(d)した。これは、オーストラリアとの関係を改善する第一歩であり、同国首相の訪中への道を拓いたとも言える。

他方、米国は北京で開催される香山フォーラムに招待されており、両国間の軍事交流に雪解けが見られる。

このように、直近では、北京は世界への対応で外交姿勢を軟化させている。米国が中東危機対応に集中する時期、この習近平外交の変化は歓迎されるだろう。

ただ、習主席が西側との関係を緩和するためには、「戦狼外交」から身を引かなければならない。ひょっとすると、王毅など「戦狼戦士」が“犠牲”になるのではないだろうか。

今年(2023年)10月9日午後、習主席は北京の人民大会堂でシューマー米上院院内総務の率いる上院超党派代表団と会談(e)した。その際、主席は代表団に次のように語った。

「『トゥキディデスの罠』〔引用者注:従来の覇権国家である米国と台頭する新興国家の中国が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象〕は回避できないものではない。この広い地球は、中国と米国がそれぞれの発展と共通の繁栄を享受するのを十分受け容れられる」。

もし、これが習主席の“本音”ならば、驚くべき変化である。中国の政治・経済が立ち行かなくなったが故に、妥協したのだろうか。だが、それが単なる一時的なポーズで、今の難局を切り抜けたら、習主席はこれまで通り、世界制覇を目指すつもりなのかもしれない。

〔注〕

(a)『中央通訊社』

イスラエル・パレスチナ紛争 中国外務省:自制と冷静さ、即時停戦を呼びかける」

(2023年10月8日付)

https://www.cna.com.tw/news/aopl/202310080075.aspx)。

(b)『FRA』

「404共和国―中国はイスラエルとパレスチナの戦争でどのような役割を果たしているか」

(2023年10月19日付)

(https://www.rfa.org/mandarin/pinglun/404gongheguo/gzp-10192023140509.html)。

(c)『中国瞭望』

「WSJ:中国における金融危機は排除できない」

(2023年10月19日付)

https://news.creaders.net/china/2023/10/19/2660139.html)。

(d)『万維ビデオ』

「習近平のこの2つの大きな動きで、王毅が危ない」

(2023年10月23日付)

(https://video.creaders.net/2023/10/23/2661618.html)。

(e)『中華人民共和国外交部』

習近平、シューマー米上院院内総務一行と会談」

(2023年10月9日付)

https://www.fmprc.gov.cn/chn/gxh/tyb/zyxw/202310/t20231009_11158283.html)。

トップ写真:習近平中国国家主席とネタニヤフイスラエル首相 2017年3月21日 中国・北京

出典:Etienne Oliveau/Pool/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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