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.政治  投稿日:2022/10/23

金沢市「100円バス」に1億4000万円 「高岡発ニッポン再興」その32


出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・金沢市が運営するコミュニティバス「金沢ふらっとバス」が目を引く。

・市はこのコミュニティバスの運行や修繕に年間1億4000万円を投じている。

・公共交通は都市計画など大きな構想の下で考えるべき。赤字が問題だとして廃止に踏み切るのは短絡的。

 

前回に引き続き、金沢視察についてお伝えします。空き校舎の利活用以外に、金沢でもう一つ目を引いたのは、コミュニティバスの存在です。街中でとにかく、頻繁に見かけました。高岡市では2018年、コミュニティバス「こみち」が赤字垂れ流しと批判され廃止となりました。市は9月議会で、私の質問に対して、「コミュニティバスを検討する予定はない」と明言しました。今後も高岡市ではコミュニティバスを望めない環境なのです。このため、私は他の市の動向に注目しています。

金沢市のコミュニティバスは、市が運営する「金沢ふらっとバス」です。車体は、通常のマイクロバスに比べると小ぶりです。驚いたのは、料金100円です。金沢の中心街の住宅地と商店街などを結んでいます。「ふらっと」というのは、2つの意味を掛け合わせています。床がフラットで段差がないことと、料金はどこまで乗っても同じ料金だということです。

街中エリアを4ルート走っています。それぞれのルート、1日29便です。20分ごとにバスが来ます。バス停に「20分間隔で循環、毎時04、24、44分」と表示されています。利用者にとって覚えやすいですね。ふらっとバスは金沢市が運営していますが、北陸鉄道と西日本ジェイアールバスに業務委託しています。

「本数が多く、便利だな」と思いました。しかし、去年まではもっと便利でした。バスの運行間隔は15分に1本だったのです。1ルート当たりの運転本数は実に、39便あったのです。去年4月に29便に減便になりました。理由は、運転手不足です。

支払いも簡単です。すべてのルートで運賃支払い用のキャッシュレスシステム導入しているのです。

どうしてこのコミュニティバスが生まれたのか。金沢市内は、加賀藩のころの街路が残り、狭くて細い道が数多くあります。路線バスが通れない道もあります。こうした公共交通の不便さを解消するために、平成11年、「金沢ふらっとバス」が誕生しました。路線バスの便数が少なくなったことも、影響しています。

利用者にとっては、100円で回れるのは、大きなメリットですが、どれぐらいのコストがかかるのでしょうか。運賃収入は5000万円です。コロナの影響で利用者が減少しているのですが、ピークは8000万円です。ただ、それだけでは運行できません。金沢市ではこのコミュニティバスの運行や修繕のため、年間1億4000万円投じています。

このバス事業を担当しているのは「歩ける環境推進課」です。私はそのネーミングに驚きました。金沢市は、山出保元市長時代から、歩けるまちづくりを推進しているのです。安全、安心して歩けるようにするためには、中心部でのマイカーの利用を減らす。コミュニティバスはこの目標達成のための手段なのです。公共交通は、都市計画にも直結しているのです。

公共交通はそれだけでは赤字は当たり前だと言われています。しかし、それだけで一喜一憂していてはいけません。もっと俯瞰して考える必要があります。どんな都市にしたいのか。そのためどんな都市計画をつくるのか。そんな大きな構想の下で、公共交通を考えるべきなのです。赤字が問題だとして、廃止に踏み切るのは、短絡的です。

(続く)

トップ写真:金沢市内コミュニティバス「ふらっとバス」 出典:ttn3 / PIXTA(ピクスタ)




この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。

テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。

その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。

21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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