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.国際  投稿日:2023/2/6

風船爆弾連想させる中国〝スパイ気球〟


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・中国大型気球、米当局は偵察用と断定、強く非難し〝撃墜〟という強い手段に出た。

・米側が国務長官訪中を中止したのに対し、気象観測用と説明していた中国は強く反発。

・中国の〝スパイ気球〟暗躍は、旧日本軍の風船爆弾を連想させ、中国にとってマイナス。

 

米国の上空を〝侵犯〟していた中国の大型気球は、米軍の戦闘機によって撃墜された。中国は反発しているが、ブリンケン米国務長官は中国を強く非難、出発直前に訪中を急遽、取りやめた。

米国は軍事施設の偵察が目的と断定、中国は気象研究機材が風で航路をはずしたと説明し、双方の主張は対立している。

のどかであるはずの気球が大国間に緊張をもたらした格好だが、それにつけても思い起こすのは、太平洋戦争中に日本軍が進めた〝風船爆弾〟だ。

時代も状況も異なるが、米中をめぐって、戦時中を連想させる事件が起きたこと自体、両国関係がいかに厳しい状況にあるか、あらためて鮮明にした。 

■ ICBMなどの情報収集が狙い?

すでに日本のメディアでも詳細に報じられているが、経過が興味深いので要約して触れる。

AP通信などによると、米国防総省(ペンタゴン)が西部モンタナ州上空を漂う気球の存在を察知したのは1月31日。

アラスカからカナダ北西部を経てアメリカ上空に入り込んだとみられ、飛行高度は1万8000㍍以上、バス3台分という巨大サイズだ。写真で見る限り、下部にはソーラーパネルのような装置が取り付けられていた。

モンタナ州には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射が可能なマルムストリーム空軍基地があり、その情報収集が目的というのが米軍の見方だった。

報告を受けたバイデン大統領は即時撃墜を指示する方針に傾き、最新鋭戦闘機F22が待機したが、オースチン国防長官、ミリー統合参謀本部議長らが、広範囲に飛散した破片によって住民に被害がもたらされる恐れがあると主張したため、見送られた。

■ 米大陸横断、大使洋上で撃墜

気球は厳重な監視、追跡体制に置かれ、その後、中西部ミズーリ、カンザス州方面に移動した。

ミズーリにも、B2Aステルス戦略爆撃機を運用する部隊があるが、ペンタゴンは、重要な情報が中国側に掌握された可能性は薄く、直ちに安全保障、市民生活へ影響をもたらす危険性も少ないと判断した。

気球はアメリカ大陸を横断する形で4日午後、サウスカロライナ州沖の大西洋上に移動。地上への被害の可能性が少なくなったところで、F22がミサイルによって破壊した。

米軍は破片の回収にあたっており、それらを分析することで、どのような情報を入手しようとしていたかを調査する構えだ。

■ 国務長官、訪中急遽中止、中国は報復示唆

この間、ブリンケン米国務長官は2月3日、中国外交を統括する王毅政治局員と電話で話し合い、「中国の行動は無責任」と難詰、同日夜出発予定だった北京訪問の中止を伝えた。

王毅氏は「中国は常に多国の主権を尊重し、国際法を厳格に順守してきた」と反論したという。

中国外務省は、それまで、気球は中国のものであることを認めたものの、気象研究に用いられる民間気球の自動操縦装置が不十分だったために、風に流されて航路を逸脱してしまったと説明していた。

気球の破壊を受けて中国外務省は2月5日朝、声明を発表、「強い反対と抗議」を表明し、「行き過ぎた行動であり、国際慣行に反する」と米国を非難。そのうえで「必要とあらば、あらたな対抗措置をとる権利を留保する」として報復を示唆した。

中国の気球の飛来はアメリカ国内だけにとどまらない。ペンタゴンによると、3日には別のものとみられる2個目が中南米で発見されたという。 

今回の騒ぎは、米中関係の改善への大きなブレーキになるだけではなく、各国からの中国に対する警戒感にさらに拍車をかける可能性がある。

 気球が実際に偵察用だとした場合、中国はどの程度の情報を入手することができたのか。重要情報を一切得ることができなかったとしたら、中国にとっては割に合わない行動だったかもしれない。

■ 絶望的だった旧日本軍の風船爆弾 

割に合わないといえば、今回の事件が想起させてくれた旧日本軍の風船爆弾は、それどころか、絶望的ともいえる作戦だった。

戦局がいよいよ厳しくなった1944(昭和19)年秋、一矢を報いるために始まった。

気球は直径約10㍍、丈夫な手すき和紙の表面をこんにゃく糊で補強し、下部から吊り索によって爆弾、焼夷弾が取り付けられた。操縦装置はなく、高度1万㍍をジェット気流に乗って最終目的地なしに太平洋を越えた。

作戦開始の翌年、終戦の数か月前までに、約9000個の爆弾が米本土に向けて発射され、北はアラスカ、南はメキシコ北部まで900ー1000個が到達した。完全な形で到達したのは200個程度といわれている。

米側は国民の動揺を防ぐために詳細を明らかに擦るのを避け、どの程度の被害を与えたかは明らかではないが、作戦中止までに、焼夷弾による山火事、爆弾の爆発などで500人の死傷者が出たともいわれている。

風船作りには、全国の女学生らを動員、各地の体育館など大きな建物が使用され、機密保持のため深夜や明け方などに作業が行われたという。こんにゃく糊の製造のために、全国でこんにゃくが品薄になったという嘘のような話もある。 

■ 大戦中の作戦連想させるだけでマイナス

今回の中国の偵察気球に話を戻すと、もちろん、旧日本軍の風船爆弾とは性能も比べ物にならず、目的も異なる。

戦時中に活用された気球がいまなお、国家間の争いの手段として利用され続けていることには驚かされるが、それなりの効果を理解してのことだろう。朝鮮半島でも、脱北者らが、北朝鮮向け宣伝ビラなどを搭載した風船を大量に飛ばしている。 

アメリカ国内で旧日本軍の絶望的な兵器を直接的に覚えている人は少なくなったとしても、親の世代から聞かされていた人はいるだろうから、そういう人たちにとって、中国の気球と旧日本軍の風船爆弾が二重映しになるかもしれない。

中国にとっては、それだけ反発を呼ぶ恐れが強まり、大きなマイナスだろう。

気象研究の民間気球が制御不能に陥ったーなどという説明で、だれが納得するか。

詳細な状況は明らかにされていないが、米中両国は、互いの関係の〝雪解け〟が一過性のものであったことをあらためて覚悟しなければなるまい。

トップ写真:今回スパイ気球を打ち落としたF22と同型機 出典:Photo by Omar Marques/Getty Images




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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