「北」の核開発と韓国の保有論で緊張か 【2024年を占う!】国際・朝鮮半島
樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・北朝鮮は2023年12月17、18両日、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を強行。
・国連安理議違反だが、中露の擁護、アメリカが中東、ウクライナ問題に忙殺されていることで、有効な手段がとられていない。
・韓国国内で〝自前〟で核武装すべきとの議論が台頭。2024年は別な意味での「朝鮮半島の非核化」が焦点に。
■ 北朝鮮、24年の目標は核弾頭搭載と「再突入」技術
12月17、18両日に発射されたうち、2日目のミサイルは、飛行距離1000㌔㍍、飛行時間は73分に及び北海道・奥尻島南西250キロの日本の排他的経済水域(EEZ)の外に落下した。
高角度の「ロフテッド軌道」で最高高度は6000kmとみられる。通常軌道なら射程は1万5000kmに及び、アメリカ全土がその範囲に入る。
偵察衛星などが兆候を把握することが困難な固体燃料が使用されたとみられ、固体燃料の使用は3回目。北朝鮮のミサイル技術が確実に向上していることを示している。
朝鮮中央通信は12月18日の実験について「発射訓練」との表現で論評したが、「実験」を終了、実戦に向けた〝慣熟操作〟を誇示したとみるべきだろう。
朝鮮中央通信によると、金正恩・朝鮮労働党総書記は、発射部隊を激励した際「わが国の核戦略の進化を明確に示した」と述べており、2024年もミサイル開発を継続する可能性が強い。
当面、目標とするのはミサイルに核弾頭を搭載して長距離を飛翔する技術と、大気圏に再突入して目標をとらえる能力の向上といわれる。
■ アメリカは中東、ウクライナに忙殺され・・
北朝鮮の弾道ミサイル実験は2023年12月中旬までに20回以上、22年には31回強行されている。
これらはいずれも国連安保理決議違反だが、アメリカは中東、ウクライナ問題、中国との関係改善を優先させなければならず、朝鮮半島情勢に十分なエネルギーと時間を費やすことができない状態が続いている。
国連の場では、安保理で拒否権をもつ中国、ロシアが北朝鮮に同調するため、有効な対抗策をとることが、これまた困難だ。
12月18日の発射を受けて開かれた安保理の緊急会合でも、日米などが「平和と安全に対する脅威だ」と北朝鮮を強く非難したのに対し、中露は「アメリカが攻撃的な行動をやめるべきだ」と反論。安保理としての一致した行動は見送られた。
■ 食糧不足解消に十分な予算、ミサイルにつぎ込む
北朝鮮指導部が派手な最新兵器の開発に憂き身をやつす一方で、制裁による経済疲弊によって、国民は慢性的な食糧、物資の不足に悩まされている。
新型コロナ・ウィルスの蔓延を防止するために北朝鮮は2023年、中国との国境を封鎖した。
それ以来、中国からの食糧、農産物の生産に必要な肥料、機械の輸入がストップしたままだ。
20年のGDPはマイナス4.5%、21年はマイナス0.1%というデータもあり、深刻な危機が続いている。
国連の報告によると、首都平壌でも食糧不足で死亡する人が少なくなく、韓国との軍事境界線に近い比較的裕福な開城市でも連日数十人の餓死者が出ているという。
ミサイル開発に投入された費用は22年1年間だけで、5億ドル(620億円)にのぼるという。それだけの予算があれば、1年間の穀物不足を補うことに十分といわれるほどの額だ。
■ 体制維持と攻撃されるという「パラノイア」
国民の塗炭の苦しみを無視して、金正恩が核開発を続けるのは、自らの世襲体制を存続させるために、アメリカ、韓国からの〝攻撃〟を抑止する必要があるからだ。
韓国、米国がいま直ちに攻撃を仕掛ける前兆がないなかで、脅威をあおるのは「ある種のパラノイア」(アメリカの朝鮮半島専門家)であり、国民に、外部の脅威が強いことを強調して、不満を抑える意図だ。
■ 韓国の核武装論は朴正煕政権から
韓国内における核武装論の台頭には、こうした背景、事情があるが、その議論は、いまに始まったわけではない。
1960年代―70年代、朴正煕政権時代に極秘裏に検討されたことがある。
アメリカのカーター政権(当時)が、在韓米軍撤退を公約に掲げていたため、韓国内では、北朝鮮が攻撃してきた場合、米国は信頼できないという〝見捨てられ論〟が広がっていた。脅威に備えるために、自前の核兵器が必要という判断に傾くのは自然な流れだった。
この時は米国の説得もあって現実になることはなかったが、その後も、絶えることなくくすぶり続け、昨年、韓国内のシンクタンクが、「核武装を支持する人が60%を超え、反対は30%台にとどまる」というい調査結果を公表したのを契機に、論議が再燃した。
年明けの1月、尹錫悦大統領が、「北朝鮮の挑発がさらに激しくなった場合」という前提条件ながら、「(米国による)戦術核兵器の配備や独自の核兵器が必要になる」との考えを示すに至って、一気に議論が沸騰し始めた。
23年4月、尹大統領が訪米してバイデン大統領と会談した際に発表された「ワシントン宣言」で、は、韓国側が核拡散防止条約(NPT)の順守を約束したのに対して、米側は戦略核に関する情報共有、釜山への原子力潜水艦寄港などを表明して、韓国側を宥めることにつとめた。
それが功を奏してか、尹大統領はハーバード大学での講演で「核保有には技術的な問題のほか、複雑な政治、経済上の問題が絡み合っている」と慎重な姿勢に転じた。
しかし、韓国の有力紙「朝鮮日報」は社説で「アメリカは、北朝鮮の核兵器を無力化することより、韓国の核開発を憂慮しているようだ」と皮肉交じりで論評、国会からも批判が出るなど、核武装論は収束する気配が見えない。
■ 米、韓国核武装でのNPT体制崩壊を懸念
アメリカは、韓国の核武装によって、日本はじめ各国の追随を招くことを警戒している。
これを裏付けるかのように23年4月、産経新聞のインタビューに応じたローレス米元国防副次官は、朴政権時による核武装構想が日本に波及することが「現実的な懸念だった」と回想している。
韓国が核保有国になれば、東アジアの情勢が一気に不安定化するだけでなく、NPT体制の崩壊にもつながっていくだろう。
2024年秋の米大統領選は現状では、前回同様、民主党の現職・バイデン氏と共和党の前大統領・トランプ氏の一騎打ちが予想されている。
かりに政権交代となった場合、金正恩との〝友情〟を公言してはばからないトランプ氏が、平壌を訪問するのではないかとアメリカ国内で、ささやかれている。
そうなれば韓国内での核武装論がさらに勢いを増す可能性がある。中東にウクライナ、中国問題に加え朝鮮半島情勢が緊迫化する事態だけはアメリカとして避けたい。
バイデン氏にとっては2024年、何が何でも再選を勝ち取らなければならない。
トップ写真:ロシア極東の宇宙港ボストーチヌイ宇宙基地を訪問したウラジーミル・プーチン大統領と金正恩総書記 2023年9月13日
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この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長
昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。