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.政治  投稿日:2024/1/23

三木武夫ばりの2枚腰、岸田首相、どう窮地を乗り切る


樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

【まとめ】

・自民党の政治資金規正法違反事件で、安倍、二階両派に加え、岸田派も立件。3派は解散決めた。

・岸田首相が窮地を脱せるかは、党内に岸田おろしの風が吹くか、通常国会を乗り切れるかがカギ。

・来年度予算成立させても、派閥解消巡る党内亀裂は深く、岸田内閣は綱渡り強いられる。

 

新年早々、自民党にもたらされた衝撃は超弩級だった。

岸田首相は自派の立件を受けて同派の解散を決断、安倍、二階派もこれにならった。事件と無関係だった麻生派、茂木派、森山派からは戸惑い、反発の声も聞かれる。首相の思い切った決断がかえって党内の混乱を深める恐れすらある。

自民党の派閥は過去に何度か解消、解散されたことはあるが、いずれも名ばかり。いつの間にか復活するのが常だった。

今回に限ってほんとうに派閥がなくなるなどと考えること自体、非現実的だろう。

■裏切られた〝お咎めなし〟の期待

岸田首相にとっては、計算ミスだったのか。

岸田派内では、自派の政治資金収支報告書への記載漏れは、裏金疑惑がある安倍派などにくらべると少額、単純な記載ミスとの認識が広がっていた(読売新聞、1月19日)という。

しかし、違反は違反、たとえ形式犯であったとしても検察にとってはお咎めなしで、済ますわけにはいかなかったろう。

安倍派幹部の7氏の立件を見送ったことに釈然としないものを感じている国民が少なくないことは容易に想像がつくだけに、そのうえ、岸田派立件見送りとなれば、批判が検察に向かう可能性もあった。

検察は、こわもての見かけによらず、世論の風向きを気にする。

1992年、東京佐川急便事件でのヤミ献金問題で、金丸信自民党副総裁をいったん略式起訴したものの、霞が関の検察庁舎がペンキで汚されるほど強まった世論の反発に狼狽、再捜査のすえ翌年、金丸氏を脱税で逮捕、起訴した。

検察の体質の一端をしめした事件といっていい。 

■ロッキード事件解明に異常な熱意みせた三木氏

今回の政治資金規正法違反事件が深刻化した昨年秋から暮れにかけて、岸田内閣の命運をめぐる予測の多くは悲観的だった。

その支持率は物価高、防衛費をめぐる増税問題などの影響もあって大きく下降、自民党支持率も同様の傾向をたどり始めていたことが理由だ。

しかし、その一方で、岸田内閣は低空飛行ながら、持ちこたえるのではないかとみる向きも少数ながら、みられた。

そうした見方をする人たちのなかには、ロッキード事件当時の三木内閣を想起するむきが少なくなかった。

1974年12月、金脈問題で退陣を余儀なくされた田中角栄首相の後を襲って就任した三木武夫氏は、76年に米国発で発覚したスキャンダルの解明に異常な執念をもやした。

▲写真 三木武夫元首相。首相就任前の写真(1974年6月)出典:Getty Images

米国の航空機メーカー、ロッキード社が自社機を売り込むために王族を含む各国の要人に賄賂をばらまいた。

日本では、あろうことか田中前首相が逮捕されるという事態に発展したが、三木氏があまりに真相解明に前のめりだったため、自民党内から「はしゃぎすぎ」などという批判が噴出、退陣要求が高まった。

しかし氏は、自らは身辺清潔で事件とは無関係であり、反三木の間で後継候補が一本化されていないことなどを見透かして退陣要求をはねつけ続けた。

しかし、〝二枚腰〟も長くは続かなかった。76年12月戦後初の任期満了選挙となった総選挙で敗北、退陣を余儀なくされた。

■岸田・三木両氏にみられる共通点は

三木武夫氏と岸田首相の共通点をみると、元首相い率いる派閥は常時20人前後の小さい世帯、岸田派も総勢40数人で党内第4の小派閥にすぎないことがひとつ。

三木氏は、ロッキード事件を利用して、政敵、田中氏の追い落としをはかったといわれたが、岸田氏も今回、政治資金規正法違反事件を好機に安倍派の影響力排除をもくろんだといわれる。

後継候補が不在で、そのことが三木延命の余地につながったが、〝ポスト〟岸田の本命が見当たらないことも共通する。

それやこれやで、岸田政権が危ういながらもなんとか存続するという見方がでたのもあながち不思議ではなかった。

■〝万事休す〟の危機、首相にわずかな希望も

岸田首相についてみれば、昨年暮れの一部世論調査で、支持率低下が底を打った気配がみられ、年明けのNHK調査では、かすかだがアップ、能登半島地震への政府対応を評価する声も半数を超えた。

首相としては、1月26日に召集される通常国会で来年度予算を順調に成立させ、目玉政策の少子化対策を軌道に乗せ、春に予定されている国賓待遇での訪米で華々しい成果をあげて、体制を立て直したうえで、秋の総裁選での再選につなげたいところだったろう。

それだけに、重大視していなかった身内の不祥事での立件は、伏兵と言おうか、予想外の大打撃だった。

通常国会での野党の追及は激しいものが予想される。

審議が停滞し、予算成立の見通しがたたなくなって、首相が〝クビ〟を差し出して予算を成立させるという最悪の事態も想定されよう。

古い話になるが1989年、リクルート事件で通常国会の審議が紛糾、万策尽きた竹下登首相(当時)が、退陣表明して、それと引き換えに予算を成立させた経緯があるから、非現実的な話とばかりはいえない。

かりに通常国会を無事、乗り切ったとしても、総裁選が行われる秋には、衆院の任期満了が1年余に迫る。自らの選挙を考え、「勝てる総裁」を擁立しようと岸田おろしが激化するかもしれない。

岸田首相にとって悪い材料ばかりとは限らない。

1月22日に掲載された朝日新聞、読売新聞の調査を見ると、岸田内閣の支持率はいずれも24%。それぞれ、前月比1ポイントアップと、1ポイント減。いずれも2012年の政権復帰以来の最低水準とはいえ、この厳しい情勢の中でわずかとはいえアップか微減というのは驚異的というべきだろう。

首相にとって、形勢挽回のチャンスが、わずかながらあるかもしれない。




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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