国際情勢からの日本の憲法改正の必要性(下)アメリカが切望する日本の改憲
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日本は憲法9条により、防衛面でまったくの国際的に孤独な異端者。
・国際秩序を守ろうとする同志諸国との連携が憲法の規制により妨げられる。
・日本が憲法改正して安全保障面で他国との協力を強めることへの国際的な期待はかつてなく大きい。
この状況はまさにロシアや中国が「国際紛争を解決する手段」として軍事力を使っているのである。日本の憲法9条はその無法な軍事力行使に一切、抵抗してはならないと規定しているのだ。
挑戦を受ける側の自由民主主義陣営はこの現在の脅威に対して複数の国家が集団で抑止にあたるという動きを強固に進めるようになった。集団防衛態勢である。
その代表例は北大西洋条約機構(NATO)だといえる。米欧合計31ヵ国が軍事的な集団防衛態勢を築き、加盟の一国に対する軍事攻撃は全体への攻撃とみなし集団で反撃する。集団的自衛権に基づく軍事力行使である。その態勢による戦争や侵略を抑止するのだ。
だが日本は憲法により集団的自衛権を行使できない。軍事力の効用も忌避している。さらに憲法の規定から生まれた自衛隊の海外活動へのがんじがらめの制約、武器の輸出禁止、他国との防衛生産協力、ひいては非核3原則など、他のどの国にもない禁忌だらけなのだ。防衛面でのまったくの国際的に孤独な異端者なのである。
とくに現状はアメリカ主導の既成の国際秩序を守ろうとする側と、その秩序を壊そうとする側との軍事がらみの対決なのだ。日本はもちろん現状維持派である。だがその維持派の他の諸国との連携が憲法の規制により妨げられるのである。
日本は自国の軍事や防衛についてのこの異端な欠陥、そして弱点をアメリカとの同盟への依存で埋めてきた。だがそのアメリカでも年来、この一方的な依存を減らすために日本が憲法を改正することを求める主張が広範なのである。
いま過熱する大統領選挙では直接に日本が争点とはなっていない。だが前々回の2016年の選挙中には共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が「日米同盟ではアメリカは日本が攻撃されれば全力で守るが、日本はアメリカが攻撃されてもなにもしない」として、いまの同盟は不公平だと非難した。日本の憲法の特殊性から生まれる「不公平」を指したわけだ。
日米安保条約に基づく日米同盟はアメリカが結ぶ多数の同盟のなかでも、唯一、片務性が突出した事例なのである。この条約ではアメリカ艦艇などが日本周辺で第三国に攻撃されても、その場所が日本の領海あるいは領土でなければ、日本には共同防衛の義務はない。日本の領海の1キロ外でも日本はトランプ氏の指摘したように、なにもしなくてもよいのだ。
他方、アメリカがアジア太平洋地域で結ぶ他の二国間安保条約はみな日米安保条約とは異なる。韓国、オーストラリア、フィリピン、ニュージーランドなどとのアメリカの条約はみなアメリカが太平洋地域で第三国の攻撃を受けた場合に同盟相手国もアメリカを助けて共同の軍事行動を取ることを義務づけているのだ。だが日本の場合のアメリカとの共同防衛の地域は日本の領土、領海だけなのである。なんという相違だろうか。この日本の特殊性はもちろん憲法のせいなのだ。
トランプ氏の日本批判にはこんな背景があったのである。ただしトランプ氏は実際に大統領になると、日本への非難は止め、もっぱら目前の日米同盟を強化する施策を進めた。中国の脅威への日米団結がまず不可欠とする判断からだったといえる。
今回の大統領選でもトランプ氏はたまに日本の自動車市場がアメリカ車に対して十分に開放されていないという批判を述べる。その際に日本の防衛面でのアメリカへの依存にもちらりと言及する。その背景には年来の共和党層の日本の防衛強化、そしてその強化を抑える日本憲法の改正への求めがあるからだといえよう。
一方、民主党側は現職のバイデン大統領が選挙キャンペーンで日本に触れることはまずない。だが現政権は実際の政策で日本が年来の軍事忌避を捨て、アメリカとの同盟強化だけでなく、他の有志諸国との集団的防衛へ進むことをすでに促してきた。台湾有事への日本の関与への期待はその筆頭例だろう。
アメリカ側には日本が憲法を改正して日米同盟を双務的に、普通の同盟にすることを望む意見は民主、共和両党共通して、もう30年も存在してきた。
私の知る範囲で米側で初めて公式に日本の憲法の改正を提唱したのは1992年6月、ヘリテージ財団だった。同財団は「日本の民族精神の再形成」と題する報告書で日本国民は米側から押しつけられた憲法により現実の世界での力の行使、軍事の役割から目をそらし、架空の世界に入っている、と厳しく指摘していた。
それ以来、米側で日米同盟をより平等、より公平にするために日本は憲法を改正すべきだとする提言や勧告は数えきれないほど出てきた。
「日本は大国にふさわしい役割を果たすために憲法を改正すべきだ」(2007年4月、トム・ラントス下院外交委員長の安倍晋三首相への発言)
「日本の憲法9条はより緊密な日米防衛協力には障害となる」(2010年10月、議会調査局の日米関係報告書)
「日本はアメリカに尖閣諸島を防衛してほしいなら、まず憲法を改正して有事のアメリカ支援を可能にするべきだ」(2017年3月、下院外交委員会での民主党ブラッド・シャーマン議員の発言)
「憲法9条は日本にとって危険になってきた。日本の他国との集団自衛を阻むからだ」(2017年9月、ウォールストリート・ジャーナル紙の社説)
以上、私が長年、ワシントンで注意を向けてきたアメリカ側の日本憲法に対する動きのなかでの顕著な実例である。より近年でも外交関係評議会、アメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)、国防大学研究所などが日米同盟の強化という観点から日本への憲法改正の提言を公表してきた。
歴代の政権がこうした主張を公式には述べないのは、他国の内政への干渉や現行の日米同盟への悪影響を考慮したためだといえる。
このように日本が憲法を改正して安全保障面、軍事面で他国と同様になり、対外的な安保協力を強めることへの国際的な期待はかつてなく大きいのである。
*この記事は月刊雑誌「日本の息吹」2024年5月号掲載の古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:木原防衛相とシャップス英国防相による日英防衛相会談(2023年11月7日 防衛省)出典:防衛省
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。