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.国際  投稿日:2024/1/4

「イスラエル・ロビー」とはなにか その6 最有力組織の実態


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

イスラエル・ロビー最有力組織は「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」。

・米国民全体の中でユダヤ系国民の人数は2020年度でわずか760万人、全国民の2.4%。

・ユダヤ系の人たちは政・財・学界、メディア界などでの活躍が顕著。

 

アメリカ国内で自国の政策をイスラエルにとって有利にしておく活動組織、つまりイスラエル・ロビーの過去の歴史を述べてきた。ではここではこの課題の現在に光を当てよう。2024年冒頭のいまのアメリカでどんな団体がどのようにイスラエルのために活動するのか、である。

イスラエル・ロビーの最有力組織は「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」という団体である。首都ワシントンの中心部、議事堂からも近い地域に10階建ての本部ビルを構える。

AIPACはアメリカの議会や司法省に正式にロビー団体として、しかも外国の政府の意向をも体現する「外国代理人」として届け出た組織である。公称の会員は約10万人、ワシントンの本部に常駐する専属職員が約400人、そこにボランティアとしての臨時職員が常に100人ほど加わっている。また全米各地の合計17の支部をも開いている。その正式の発足は1963年とされる。

アメリカ国内で活動するイスラエル・ロビーの組織には規模だけではAIPACを越える存在もあるが、その影響力、歴史、正統性などではやはりこの団体が第一だといえる。最有力の組織なのである。

イスラエルはいうまでもなくユダヤ人の国家である。アメリカ国内でそのイスラエルを支援するのは第一にユダヤ系のアメリカ国民である。血のつながり、民族の絆、宗教上の縁など、ごく自然な団結、連帯だといえよう。だがふしぎなのはアメリカ国民全体のなかではユダヤ系国民の人数は2020年度の国勢調査ではわずか760万人、アメリカ全国民のほんの2.4%にすぎないという点である。そんな少数の民族集団が超大国アメリカ全体の外交政策をイスラエルに決定的に有利に動かしてきたのだ。その理由には後述するように、単にユダヤの血縁の連帯を越える多様な要素が存在する。

その種の要素の実例の一端はユダヤ系アメリカ人の政治的影響力の強大さである。ユダヤ系の人たちはアメリカの政界、財界、学界、メディア界などでの活躍が顕著である。つまり政治を動かし、経済を牽引し、世論を左右し、学問や科学の世界でもリーダーシップが目立つ。その結果、一度、団結すればユダヤ系の人たちはアメリカの国政全体を大きく動かすパワーを発揮できるのだ。その度合いはユダヤ系国民の単なる人数の規模をはるかに超えている。

2024年の時点でのアメリカの政治をみても、連邦議会の下院ではユダヤ系の議員が合計28人、存在する。そのうち25人が民主党、3人が共和党である。伝統的にユダヤ系は民主党傾斜が多いのだ。下院全体の議席は435だから、ユダヤ系議員はその全体の6.4%ほどとなる。上院では100の議席のうちユダヤ系は10人とされる。その全議員が民主党だという。立法府でも最高の権限を有する連邦議会上院の1割はユダヤ系議員なのだ。

もちろんユダヤ系議員たちが自国のアメリカ政府の政策に関して、すべてイスラエルを利する決定に賛同するわけではない。だが国民全体のなかでの比率が2.4%にくらべれば、はるかに多い10%という数字を議会上院では占めているのだ。

ちなみに民主党のバイデン政権の現閣僚ではブリンケン国務長官、ガーランド司法長官など合計6人がユダヤ系とされている。

さてそんな背景のなかでイスラエル・ロビーの中心組織とされるAIPACは具体的にどんな役割を果たしてきたのか。

AIPACの主要任務はアメリカの議会や政府の政策をイスラエルに有利に保つという一点に尽きる。ただしイスラエルに不利な政策を阻止する作業も表裏一体となっている。そのためにはこの組織はアメリカの民主、共和両党に影響力を行使する。

前回の2020年の大統領選の際にはAIPACが主催した政治集会に民主党のジョセフ・バイデン、共和党のドナルド・トランプの両候補が同時に参加した。その前の2016年の大統領選挙でもAIPACの政治討論会に民主党側のヒラリー・クリントン、共和党のトランプ両候補が同時に顔を出し、それぞれ演説をしている。要するに民主、共和両党が国政の場でこのイスラエル支援組織への親密さを示すほど、強大な影響力を持つロビー団体なのである。

AIPACはアメリカの立法府と行政府の両方に影響力を行使するが、その重点はあくまで立法府、つまり議会が主体となる。他のイスラエル・ロビーの諸団体がホワイトハウスや国務省、国防総省など行政府への働きかけを担っているのだ。

AIPACは公式の経費としては毎年、7000万から8000万ドルという金額を発表している。だが実際に使われる諸経費はその何倍もだろうというのがワシントンのロビー界での常識のような推測である。なにしろAIPACの究極の目的はアメリカ政府からイスラエル政府への経済、軍事その他あわせて年額30億ドルにものぼる援助を確保することなのだ。同時にイスラエルに敵対するイランやイラクへのアメリカの軍事攻勢をプッシュするという大規模でどぎつい政策や戦略をもその使命としているのだ。だからAIPACのようなイスラエル・ロビーはアメリカの中東政策全体を左右してきたともいえるのである。

(つづく)

トップ写真:AIPAC年次政策サミットに出席する、ブリンケン米国務長官(2023 年6月5日 米・ワシントンDC)出典: Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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