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.経済  投稿日:2023/5/19

侍ジャパン世界一、テレビ地上波ライブ中継がなかった!②


渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)

渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」

【まとめ】

・多様化した現代のメディア社会のあり方が問われている。

・近年、ネットでニュースの専門的内容を詳報するメディアも定着。

・視聴者・読者側も、既存メディアと信頼できるネット配信サービスの使い分けが重要。

 

テレビ放送開始70年

 

侍ジャパンが、WBC優勝・世界一を決めた決勝戦が宮崎など一部地域で中継がなかった問題は、テレビ地上波やBS放送、新聞を含めた既存のメディアと、インターネットによって多様化したメディアが錯綜している現代のメディア社会の課題を提示している。

 

今年は1953年にNHK、続いて民間放送がテレビ放送を始めて70年の節目。白黒、カラー、ハイビジョン、デジタルと発展した。戦後の復興期を経て、高度成長からバブル期、低成長の失われた30年ともいわれる今日まで、発展してきた。

 

インターネットの勃興・成長に並行して、既存メディアは全盛時の勢いを失いつつあるが、活字の新聞とともにメディアのメインストリームの役割を担い、ニュース報道、ドラマ、スポーツ中継等々を幅広く発信してきた。

 

日本ではアメリカのようにPPV(ペイパー・ビュー)方式が浸透していなかった。団塊世代を始め、テレビや新聞などの既存メディアとともに戦後時代を生きてきた世代にとっては大相撲、プロレス、プロ野球、ボクシングと地上波の無料中継が生み出した国民的ヒーローとともに育ち、それらのスターが圧倒的な人気を誇ってきた。

 

▪️有料配信と無料放送が混在化

 

しかし近年は、すでにサッカーやテニス、ボクシングなどの世界戦の中継映像は、有料のBSやネットの配信で有料と無料が混在化している。

 

人気スポーツの中でもプロボクシングは、人気の高さに比して世界クラスのボクサーでも、アルバイトをする生活などが紹介されてきたが、ネット配信によってファイトマネーが高くなった。とくにスターボクサーの登場で有料配信が浸透した。

 

オリンピックで金メダルを取った村田諒太選手が引退したが、重量ミドル級の面白さとともに彼のバックグラウンドや人間的魅力が群を抜いていた。ただ惜敗して引退のきっかけになった史上最強と言われるゴロフキンとの対戦は、有料動画の配信で、テレビ中継で観られなかった。

 

選手やジムは配信で世界中のファンに広く知られ、競技環境も良くなったが、地上波で中継されていれば、日本での引退会見ももっと盛り上がっただろうと思う。ただ個人戦のボクシングはファン層から見ても、有料のネット配信に親和性がある。

 

▪️3年後のWBCは有料配信か

 

3年後のWBCは、有料放送になるかも知れない。観たいならカネを払えばいいのか。そういう人もいるだろう。スポーツに特化した有料チャンネルもある。

 

が、野球を始めスポーツは高齢者を含め、多世代の厚いファン層に支えられている。東北のプロ野球チームの優勝は東日本大震災被災者を勇気づけた。

 

栗山英樹監督に率いられたWBCの優勝世界一のチームは、岸田首相を官邸に訪問し、祝福を受け褒章を受章している。国民的スポーツ、されど野球。されどWBC。

 

▪️公共財としての放送

 

公共放送主体で発展してきたヨーロッパ、とくに公共放送BBCのあるイギリスでは、「国民の関心が高い試合を「公共財」と位置づけ、国が地上波の無料放送を義務付ける英国発祥の「ユニバーサルアクセス権」の概念が広まった」(脇田泰子・椙山女学園大教授、4月28日付け毎日新聞朝刊論点)という。

 

日本では、スポーツに対する理解、放送ビジネスの公共的側面についても距離感がある。現状では、難しいだろう。日本の民放テレビはネットに圧されてコストカットを迫られているのか、ニュースやドキュメント、スポーツ中継などを除けば、お笑いやクイズ、旅にグルメ番組が溢れている。視聴者の年代や趣味・嗜好、考え方もあろうが、まさに玉石混淆の状態と言っていい。

 

▪️信頼でき、良識あるネット配信メディアとのすみ分け

 

多様化した現代のメディア社会のあり方が問われている。スポーツ中継の問題だけではない。ニュース報道などあらゆる分野にまたがっている。

 

近年ネットでニュースの専門的内容や深く掘り下げた事実関係を詳報するメディアも定着してきた。既存のメディアとは一線を画し、実績のあるジャーナリストや研究者が、自主規制のない自由で、速報できるサイト、配信サービスは貴重な存在だ。

 

一方で、アメリカ発祥の巨大ネットのニュース配信が若者らに広く行き渡っている。既存の新聞や民放テレビ報道局の外事、政治・内政、事件報道ニュースも入っているのだが、芸能人やタレントの離婚、不倫などのカッコつき「ニュース」も溢れている。SNSのフェイクニュースも氾濫している。

 

巨大サイトに提供、発信したメディアの記者は経験、多くの労力、コストを払って取材している。自前の新聞やテレビ報道に対しては、読者、視聴者に対して責任をもって報道しているが、巨大ネット事業者は実質取材にかけるコスト・労力とは別のシステムで運営配信している。ネット視聴者に対してはどの様な責任・責務を負っているのだろうか。発信元の既存メディアは、ほかにも自前の無料サイトがあり、結果として新聞発行部数やテレビの視聴者を減らしている。

 

視聴者・読者の側も問題意識を持ち、既存メディアと、信頼できるネット配信サービスのすみ分け、そして使い分けることが何より重要である。難しい問題だが、国を超えたルール作り、グローバルな対応策も検討される必要があろう。   

 

はこちら)

トップ写真)アメリカとの決勝戦後の表彰式で、MVPの盾を持つ大谷選手

2023年3月21日 アメリカ フロリダ州 ローンデポ・パーク

出典)Gene Wang /Getty Images North America

(了)

 

 




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