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.社会  投稿日:2024/3/3

NHK、4月から午後にワイドショー 民放は戦々恐々


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・NHKが4月改編で、午後の時間帯にワイドショーを放送する予定。

・背景に、NHKにインターネット業務を義務づける放送法改正案の存在。

・民放の午後のワイドショーからNHKが視聴者を奪い取れるかは疑問。

 

NHKが4月から午後の時間帯にワイドショーで殴り込みをかけてくるという。列島ニュースの後、15:10〜18:00までの約3時間の生放送だ。タイトルは「午後LIVEニュースーン」(キャスター:池田伸子アナ、伊藤海彦アナ)。NewにNews、それにSoonを引っかけた造語だという。

平日の午後1〜6時に5時間の情報番組生放送となる。午後6時の定時ニュース、首都圏ネットワーク、ニュース7を合わせると、午後7時30分までなんと6時間30分間生放送となる。

同時間帯は現在、定時ニュースのほか「列島ニュース」、「ニュースLIVE!ゆう5時」を生放送しており、他は連続テレビ小説などを再放送している。

NHKの「2024年度前半期新設番組の概要」によると、同番組は、「“日本のいま”をビビッドに届ける新しい情報ワイド番組、NHKの取材力とネットワークを生かし、全国各地からの中継も交えながら、最新のニュースや、暮らしに役立つ情報を分かりやすく」伝えるとしている。

さて、NHKはなぜここにきて、午後の時間帯にワイドショーを編成するのか。筆者は放送法の改正がその一因ではないかと推察する。

3月1日にNHKにインターネット業務(NHKはインターネット活用業務と呼んでいる)を義務づける放送法改正案が閣議決定された。改正案が今国会で成立すれば、2025年春以降にNHKのネット業務は「必須業務」に切り替わる。

NHKは、2020年3月1日から、地上テレビ常時同時配信・見逃し番組配信「NHK プラス」のサービスを試行的に実施している。

このNHKプラスを利用しているユーザーなら分かるだろうが、テレビの前にいなくても、ネットにさえつながっていれば、常時ニュースがスマホで見ることができるメリットは大きい。見逃し視聴も出来て、便利なことこの上ない。もはや、電波の状態次第で視聴できなくなるワンセグ・フルセグの必要性が大きく下がった。

午後の時間帯すべてが生放送になれば、常時NHKプラスで番組を視聴出来ることになる。

テレビのリアルタイム視聴の時間は年々減っている。若い世代ではテレビ自体所有していない人も多い。今後、人口が減ってくることを考えれば、受像機毎に受信料を紐付ける今の制度は時代にそぐわない。

今回の放送法改正案では、受信料を払っている世帯がネットで視聴しても追加負担を求めないが、ネット配信だけ望む人からは新たな受信契約を求める事が盛り込まれた。つまり、NHKプラスをネットで視聴する契約者が増えればそれだけ新たな受信料収入が見込めるわけで、地上波に頼りっきりだった収入構造をネットが支える仕組みが出来るわけだ。午後の時間帯を生放送にするにはそうした背景があると思われる。

さて、迎え撃つ民放はどうか?正直、脅威に感じてはいるだろう。NHKのインターネット活用業務の予算は、2024年度で195億円と巨額だ。NHKは本部をのぞき全国に53、世界に29の取材拠点がある。コンテンツ制作力は民放とは比較にならない。とにかくマンパワーが桁違いにすごいのだ。国内だけでなく海外から豊富なニュースを放送することが可能だ。

少し脱線するが、元民放記者だった筆者の経験から話すと、とにかくNHKは現場に人が多い。民放の記者が1人でやるところを、5人も6人も人が来る。

2000年にアメリカの大統領選を取材していたときのこと。ブッシュ(ジュニア)候補とゴア候補がそれぞれの得票数を巡り、訴訟合戦を繰り広げていた時、世界中のメディアが、フロリダ州の最高裁がある州都タラハシーに集結した。

フジテレビや他の民放は大抵記者一人(プラス現地支局の米人スタッフ2~3名)で切り盛りしていたが、NHKは中継車を自前で手配(民放は予算がかかるので回線を他の米テレビ局などから時間単位で買い取る)しただけでなく、最高裁判所の正面入り口脇に、テントを設営し、机から椅子から運び込んで取材基地を設営した。当然何人もの記者やカメラマン、ディレクターらが常駐するのに十分な広さのモノだった。その金の使い方を見て、正直苦笑してしまった。

それはさておき、豊富な取材力は民放にとって脅威である事は間違いない。自然災害や大事件、大事故などの場合、NHKのネットワークは存分にその威力を発揮するだろう。

一方で、3時間もの間、民放のワイドショーから視聴者を奪い取れるかは疑問だ。午後の時間帯は「ミヤネ屋」(日本テレビ系)や「ゴゴスマ」(TBS系)などの強敵が並ぶ。いまでいえば、お笑い芸人の松本人志氏のスキャンダルなどで大いに盛り上がっているが、NHKはこれまでこの問題には一切触れていない。ほのぼのとした紀行ものや、献立などで3時間生放送枠を埋めるのは困難だ。かといって国会ニュースの深掘りを延々とやっても、視聴者はついてこない。民放の夕方のニュースが芸能情報やグルメなどをふんだんに入れ込んでワイドショー化しているのは、そうしないと視聴者が見てくれないからに他ならない。NHKの制作陣は、「えげつない話題を避けつつ視聴率を取る」という不可能に近い命題に直面することになる。

よく、ワイドショーは制作費を安く抑えられる、とまことしやかに言われるが、筆者はそうは思わない。何時間ものワイドショーを作るにはかなりの数のディレクターを抱えなくてはならない。一人のディレクターが担当できるのは1テーマ、頑張って2テーマがせいぜいだ。それも尺が短め=柔らかいネタであればの話だ。もし10分以上の尺を割くような大きなテーマなら、担当ディレクターは2名以上で担当する。場合によっては別のクルー(ディレクター、カメラマン、音声ら)がリポーターを連れて現場に向かって取材もしなければならない。1時間の番組を作るだけでも、ディレクターはかるく10名以上は必要なのに、3時間となれば、何十人もの人間がいないと制作できない。それも毎日、休み無く、だ。どうスタッフを確保するかにも頭を悩ますことになりそうだ。

だからといって民放もあぐらをかいているわけにはいかないだろう。民放公式の同時配信プラットフォーム「Tver」は好調だが、ニュースでNHKプラスと伍していくのは厳しい。従来以上に視聴者が飛びつくようなネタを取り上げ、「民放ならでは」のワイドショーを極めるしか道はない。

いずれにしても、NHKが午後の時間帯で視聴率を民放から奪うことができるのかどうか、4月からの大きな注目点だ。

■ 理解増進情報

もう一つ、今回の放送法改正案のポイントに「理解増進情報」の問題がある。理解増進情報とは、NHKがネットで提供するオリジナル無料コンテンツだ。改正案では、この理解増進情報を廃止する事が盛り込まれた。新聞協会などは「理解増進情報は公正な競争や受信料制度との整合性から問題がある」として、廃止を求めていた。

例えば、NHKの「政治マガジン」はこの理解増進情報のひとつと見られているが、確かに情報量が豊富で、見やすく工夫されており、少なくとも新聞のサイトより魅力的だ。しかし、NHKがこうした文字情報を無償で提供し続けたら、新聞を読む人がいなくなってしまうという新聞側の危機感も理解できる。

一方でNHKの現場の記者からは、「放送に出せなかった内容を文字にしてWEBに出せることがモチベーションになっている」という話も聞いた。彼らにしてみると民業圧迫とか言われても・・・ということらしい。

無料でNHKが文字情報を提供するのが民業を圧迫するのなら、NHKが提供する情報を規制するのではなく、情報が必要な人に課金すればいいだけではないのか?事実、新聞のビジネスモデルはそうだ。

伝統メディアを保護する、という発想では無く、情報を知る権利を守るために多様なメディアが共存できるシステムを構築することが必要だろう。どうしたらそれが可能になるのか。巨大プラットフォーマーが無償でニュースを配信するシステムも含め、メディアのあり方を見直す時期に来ている。事実その動きは海外で活発化している。

これまでもNHKの受信料に支えられたビジネスモデルについては国会で取り上げられてきた。インターネット時代に即した公共放送のビジネスモデルとはどうあるべきなのか、情報の受け手である私たちこそ、考えるべき問題だ。

トップ写真:NHK放送センター 出典:Bernard Annebicque/Sygma/Sygma via Getty Images




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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