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.国際  投稿日:2023/9/21

中国、地下鉄建設ほとんど赤字


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・習近平主席肝煎りの湖北省・雄安新区新都市建設、進展が見られず。

・地下鉄建設熱が高まっているが、32都市中5都市以外はみな赤字。

・採算の取れない地下鉄計画の敷居はますます高くなっている。

 

現在、習近平政権は経済的苦境を脱するため、西欧流の「福祉主義」(国民に現金や小切手を支給し消費を喚起)で景気浮揚させる施策を採用せず(a)、国家プロジェクトで景気を回復させようとしている。

その好例として、2017年から始まった習近平主席肝煎りである湖北省・雄安新区での新都市建設が挙げられるだろう。当局はこれを「ミレニアムの一大計画」とし、「深圳経済特区、上海浦東新区に次ぎ、国家的意義を持つもう一つの新区域」と位置づけた(b)。

深圳といえば鄧小平の功績を連想するだろう。習主席としては雄安新区と言えば、主席を思い浮かべるように、また、同地域が習近平指導下で発展した新時代の象徴としたいのかもしれない。

ただ、雄安新区のプロジェクトは、ほとんど進展が見られず、すでに大きな疑問符が付いている。

深圳の成功は、繁栄をきわめた香港(当時、英国統治下)に近かったし、同地に、全国の資源を集中できた。ところが、雄安新区には、いくつもの欠点があるという。

第1に、政治的・経済的に何でも集中する北京に近すぎる(約100km)だろう。

第2に、地理学者で中国科学院士の陸大道が鋭く指摘した通り、中国経済は「西から東への流れ」が存在する。だが、雄安新区はそれとは逆になる南西方向に位置する。

第3に、北京の多くの人達は、雄安新区への戸籍を移したくないのではないか。たとえ、北京の人が戸籍を当地に残して雄安で働いても、心は北京にあるだろう(誘致依頼されている大学や研究所で働く人々もほぼ同様ではないか)。

以上のように、おそらく「ミレニアム・プロジェクト」は未完成に終わる公算が大きい。

さて、近年、全国各都市で“地下鉄建設”熱が高まっている(c)。現在、中国30都市で、新たな地下鉄建設計画の承認を受けたり、予備調査が行われたりしている。

今年、1月、南京市で地下鉄第3期建設計画、6月、成都市で同第5期建設計画、7月、蘇州市で同第4期、廈門市で第3期計画が公表された。

8月には、安徽省蕪湖市で地下鉄第2期建設計画が公布され、西安市で同第4期建設計画が研究され、安徽省合肥市でも同第4期建設計画が発布された。

交通運輸部のデータによると、2023年7月現在、全国54の都市で(トラム等を含む)軌道鉄道を開通・運行しており、総走行距離は9743.5kmである。

ただ、地下鉄敷設は軌道交通施設の中で最もコストが高い。建設費用として、㎞当たり8億~10億元(約160億円〜約200億円)もかかる。

例えば、北京地下鉄16号線の全長は49.8kmで、概算での総投資額は600億元(約1兆2000億円)で、㎞当たり12億元(約240億円)と見積もられている。

昨年開示された32都市の財務報告データでは(補助金を除き)武漢市、深圳市、済南市、上海市、常州市5都市の地下鉄だけがプラスで、残りは皆、赤字である。

また、各地の地下鉄運営は主に財政補助金に頼っている。昨年、その依存度が高かったのは杭州市、重慶市、鄭州市、青島市の順で、50億元(約1000億円)以上だった。そのため、多くの都市は人口規模や地方財政収入が少なく、地下鉄を建設しても、維持するのは難しい。

最近、大都市の深圳市、杭州市、成都市、南京市等でさえも、地下鉄計画が縮小した。特に、ここ3年間、習政権は「ゼロコロナ政策」を実施し、地方政府はその防疫費用で財政が疲弊している。

だが、一方では、別の見方も存在する。そもそも地下鉄敷設は営利目的ではなく、公共の福祉向上(d)にある。大都市の交通システムを改善し、地上の交通渋滞を緩和するためである。したがって、必ずしも採算が合わなくても構わないのではないかという。

確かに、地下鉄建設は都市を拡大し、地下鉄周辺の住宅価格を引き上げ、土地利権など他の収入を押し上げる。また、景気対策にもなるだろう。

ただ、2018年、当局の「都市鉄道輸送の計画・建設・管理の更なる強化に関する意見」では、地下鉄建設は、都市の一般財政予算収入が300億元(約6000億円)以上、地域総生産が3000億元(約6兆円)以上、都市住民人口が300万人以上と規定されている。

同時に、開業から3年後には、乗客数が基準(1kmで1日当たり7000人)を満たさない場合は、新たな建設計画を申請できない。

1・2線の大都市ならば地下鉄の敷設は可能だが、3・4線の地方都市では難しいだろう。採算の取れない地下鉄計画の敷居はますます高くなっている。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「習近平は西側の『福祉主義』を恐れており、無策のリスクは非常に大きい」(2023年8月30日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/08/30/2642883.html)

(b)『VOA』「聿文ビュー:習近平の雄安『ミレニアム大計画』は『未完成プロジェクト』になるのか?」(2023年5月15日付)

(https://www.voachinese.com/a/deng-yuwen-on-xi-s-visit-to-xiong-an-20230515/7093630.html)

(c)『中国瞭望』「景気低迷で中国の『地下鉄建設ブーム』が復活か?」

(2023年9月10日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/09/10/2646588.html)

(d)『網易』「2023-2024年、中国の地下鉄大拡張、地下鉄建設最後のカーニバル!」(2023年9月5日付)

(https://www.163.com/dy/article/IDT46H7C0553FPN0.html)

トップ写真:湖北省・雄安新区の建設現場 出典:loveguli/GettyImages




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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