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.社会  投稿日:2023/12/2

ネットの闇はいつ晴れる(上)こんな日本に誰がした その6


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

 

【まとめ】

・私人逮捕系YouTuberが逮捕された。

・たとえタテマエでも「正義」を振りかざすあたり、「迷惑系」よりたちが悪い

・表現の自由との兼ね合いはどうなのか、と問題提起をする人が現れそうだ。

 

私人逮捕系YouTuberが逮捕された、との報道があった。

 YouTubeは毎日見るが、私にとってはもっぱら「空き時間の友」なので、主だったニュースサイトと、他にいくつかチャンネル登録はしているものの(これについては後述)、いわゆる有名YouTuberたちの動画などは見ない。

 したがって、私人逮捕系なるものの存在自体、彼らが逮捕されるまで知らなかった。

 そもそも逮捕とは、

「捜査機関や私人が被疑者の逃亡や証拠隠滅を防ぐために一時的に身柄を拘束すること」

 という意味である。私人(=一般人)でも逮捕できるとされている点にご留意願いたい。

 厳密には、逮捕と一口に言っても「通常逮捕」「緊急逮捕」「私人逮捕」の3種類があり、それぞれ法律上の規定が異なる。

 通常逮捕とは、裁判所から逮捕令状を取った上で被疑者を逮捕すること。誰かがピンポンしたので出てみたら、刑事が立っていて、目の前に逮捕令状を突きつけられるという例のパターンである(ドラマでしか見たことはないが)。

 緊急逮捕は、読んで字のごとく逮捕状を請求している暇がないという場合で、大半のケースが現行犯だ。

 そして問題の私人逮捕だが、これは現行犯もしくは準現行犯に限って、緊急逮捕の一種として認められている(刑事訴訟法第213条)。準現行犯とは、追跡されて逃げているとか、たとえ現場を見ていなくとも、明らかに犯行直後と認識できるような場合を指す。

 これがいささか誤解を招きやすいところで、自転車を盗まれた青年が、自分の自転車に乗っている男を見つけて取り押さえたケースが、私人逮捕とは認められなかったという判例がある。簡単に言えば、取り押さえられた男性が乗っていた自転車が自分の物だと確信できる根拠があったとしても、くだんの男性が盗んだという確証はないわけで、これは「現行犯もしくは準現行犯」とは認められなかったわけだ。

 ましてや、正当な理由なく誰かの身柄を拘束した場合は「逮捕監禁罪」という、れっきとした犯罪になるので、読者もご注意願いたい。

 今回逮捕された私人逮捕系だが、その容疑(=逮捕に至った経緯)が、いささかひどい。

 まず、11月13日に逮捕された「煉獄コロアキ」を名乗る40歳の男だが、9月18日に東京の帝国劇場周辺で、18歳の女性に、

「お姉さん、パパ活やってるでしょ」「お金返して、8万円」

 などと言いながらつきまとった上、女性の顔にモザイクもかけず「転売ヤー」と題してYouTuberに投稿したというもの。

 この女性がパパ活やチケットの転売をしていたという事実はなく、まったくの言いがかりであった。当人が警察沙汰になる以前、メディアの取材を受けていたのだが、チケット転売を持ちかけてきた女性と服装が似ていたので間違えた、と「自白」していた。

「訴えられても仕方ないと思う」

 などと述べていたが、事の重大性を分かっていないのだろう。

動画はすでに削除されているが、一度こうした形でネットに晒されたら、半永久的に残ってしまうもので、彼女の将来には、まず間違いなく悪影響を及ぼすだろう。

こんな「誤認逮捕系投獄ゴロツキ(これを書きたいがために、実名は伏せておいた笑)」みたいなのが、よくも今までのさばっていたものだが、それは彼らが「正義」を繰りかざしていたからだ。実際こうした「私人逮捕系」の動画に喝采を送っていたネット民もいたし、逮捕されてもなお擁護の声が聞かれるという。

もう一件は、やはり私人逮捕系を名乗る「ガッツch」を運営していた2人の男(30歳と28歳。まったく、いい大人が……)が11月20日に逮捕されたもので、容疑は覚せい剤取締法違反(所持)の教唆。

8月に、女性を装ってインターネット掲示板で一人の男性と知り合い、

「キメセク(薬物を用いながら、なにかすることであるらしい)したい」

 などと持ちかけ、待ち合わせ場所の新宿駅前まで覚醒剤を持ってくるようにそそのかした。その上で事前に警察に通報し、男が現行犯逮捕される様子を撮影したというもの。

 これもいささか誤解を招きやすい事案で、まず、教唆という罪名から「そそのかしただけ」という印象を持たれてしまいがちなのだが、本当はそうではない。刑法上、教唆犯というのはれっきとした共謀共同正犯と定義される。ヤクザの親分が殺人をそそのかした場合などが典型的な例で、実際に九州の有名な暴力団のトップに対しては、構成員に複数の民間人を殺傷させた件で、死刑判決が下されている(現在控訴中)。

 さらに言えば、これを「麻薬撲滅のための囮(おとり)捜査」として擁護する向きもあるようだが、私人にそのような権限はない。実は薬物犯罪に対しては、囮捜査が許されるのは厚生労働省の麻薬取締官だけなのである。マトリとか麻薬Gメンと呼ばれる人たちで、早い話、今次の案件は、警察でさえ許されていないことを私人がやったわけだ。

 もともと彼らの「ガッツch」なるサイトでは、痴漢や盗撮、いわゆる転売ヤーを取り押さえる、といった動画を連投して、前述のように一部ネット民からの支持も集まっていたわけだが、漏れ聞くところによれば、警察はかなり以前から彼らの行為を問題視し、模倣犯が増える前に立件する方針を固めていたらしい。

 元刑事という人がニュースサイトで語っていたが、痴漢を現行犯逮捕するというのは、経験を積んだ捜査員でもなかなか難しく、逆に言えば冤罪の可能性がついて回るのである。

 仮に、取り押さえられた人物が本当に痴漢であったとしても、その顔をネットで晒してよいか否かはまた別問題で、そもそも名誉毀損罪とは、

「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁固または50万円以下の罰金に処する」(刑法第230条)

 ということなのである。事実であるか否かは問題ではないのだ。

 ならば犯罪報道などは、みんな名誉毀損になってしまうのではないか、と思われるかも知れないが、実は230条2の1項に「真実性の証明による免責」という規定がある。公共の利害(犯罪はもちろん該当する)に関わることを公益目的で摘示した場合(報道はこれに該当する)は、その内容が真実であることを証明できれば罰せられない。

 当の私人逮捕系が、刑法の条文まで熟知しているとは考えにくいが、今後もし起訴されて裁判になった場合に、被告・弁護側が、

「〈性犯罪撲滅〉を掲げて動画投稿をしていたのだから、明らかに公益目的であった」

 などと主張する可能性は捨てきれない気がする。

 たとえタテマエでも「正義」を振りかざすあたり、本連載でも幾度か問題にしてきた「迷惑系」よりたちが悪いと言うべきか。

 彼らはYouTubeからは事実上の追放処分を受けているが、逮捕とこうした処分によって、本当に模倣犯を根絶できるかは、いささか疑問だと言わざるを得ない。幾度も述べるようだが、こうした「正義」に喝采を送る人たちは一定数存在するし、痴漢や盗撮の被害者にしてみれば、その喝采も的外れとは言えないだろうから。

 要は、最初から動画を投稿して収益を稼ぐことが目的なのに、社会正義だと言い張ることが問題なのだ。

 もともと駅構内での無許可の撮影は、厳密には不法行為なので、マスメディアがいわゆる旅行系番組などで撮影する場合は、ちゃんと許可を得ているのであるから、これを周知徹底し、罰則規定を設けることも視野に入れてはどうだろうか。

 私人逮捕系とはだいぶ趣が違うが、いわゆる「撮り鉄=鉄道写真マニア」の迷惑行為も目に余る。彼らはむしろ、ネットでは袋だたきに遭っている感があるのだが、鉄道会社や一般の乗客にとっては存在自体が迷惑だとも言えるのだから、その対策としても有効だ。

 こういうことを述べると、表現の自由との兼ね合いはどうなのか、という問題提起をする人が現れそうだ。その話は、次回。

トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)

出典:metamorworks/GettyImages




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