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.社会  投稿日:2023/12/4

ネットの闇はいつ晴れる(下)こんな日本に誰がした 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・世の中で一番始末に負えないのは、「善意の迷惑系」。

・マスメディアに「報道の自由」をはき違えた輩がおり、「表現の自由」をはき違えた者がネットにはあふれている。

・マスメディアとネットは「相互監視」のような関係性になって行けばよい。

 

これも私個人の感想である事を明記しておくが、世の中で一番始末に負えないのは、「真面目なアホ」と「善意の迷惑系」だと思う。

前者については、あらためて多くを語る必要もないと思うが、後者については、今次問題にしている私人逮捕系も含めて、ネットには多く見られる。くどいようだが、今回逮捕された私人逮捕系が掲げていた「正義」など、私は1ミリも信用していないが。

では「善意の」迷惑系とはなにかと言うと、たとえば料理の写真を投稿する(いわゆるインスタ映え)目的で飲食店に出入りするような人たちである。違法行為ではないのだが、写真だけ撮って出されたものを残したりする。これは真心込めて料理を作った人たちにしてみれば、一種の暴力ではなかろうか。

げんにこの原稿を書いている11月29日には、有名な「二郎系」のラーメン店が、店内での撮影行為は一切禁止する、との張り紙をしたという報道があった。

もっとひどいのが、やはり本連載でも取り上げたことがあるのだが、回転寿司店で「湯飲みペロペロ」をやった少年の動画が、社会問題にまでなった際、シャッチョさんとかなんとかいうYouTuberが「パトロール」と称してくだんの回転寿司チェーンを訪れ、周囲の客を観察する様子を動画に撮り、投稿していた。普通に食事をしている客にしてみれば、いい迷惑だ。飲食店はある意味で「公共の場所」なのだから、撮影を規制するのもひとつの見識だろう。家族写真もダメなのか、などと言われそうだが、私が問題にしているのもまさにその点で、一部の愚かな人たちのせいでなにも悪くない人たちが迷惑するのである(現実問題として、店の許可を得れば、家族写真くらいは問題ないと思う)。

私人逮捕に至らないまでも、有名な格闘家が、ケンカなどできそうにないヲタク青年に変装して、タバコのポイ捨てを注意する、といった動画もある。中には本当につかみあいになったケースもあるので、個人的には面白く見たこともあるが、控えめに言ってもグレーゾーンだろう。

シリーズ第一回で、ウクライナやパレスチナで悲惨な戦争が続く中、日本では東京ディズニーランドの「ジャンボリー・ミッキー」に出演するダンサーの女性が動画サイトを席巻している、と述べた。

私は、そのこと自体を否定するつもりは毛頭ない。日本が平和である証拠で結構なことだ。ただ、たしかに可愛らしい人だが、肖像権の問題がいささか気にはなった。

実は、肖像権というものを定めた法律は存在せず、単に日本国憲法の「幸福追求権」を援用して、同意なしに写真撮影や公表をされない権利、という曖昧なものでしかない。よく、著名人には肖像権などない、と思い込んでいる人がいるが、そのようなことはない。反面、写真と共に当人に不利益をもたらすようなことを公表すれば名誉毀損になり得るが、写真の公開それ自体は違法行為には当たらない、との共通認識があることも、また事実だ。

ここで見るべきは、マスメディアには報道の自由があるのに、動画投稿者にはそれがないのか、という議論だ。実際に私人逮捕系の問題に絡んで、ネットでそうした問題提起をした弁護士もいた。

これについて私は「半分だけ同意」であると言わざるを得ない。

たとえば、岡山県に陸上競技で名をはせている女子高生がいる。

今年1月、全国都道府県対抗女子駅伝に、中学生ながら(4月に進学)岡山県代表として出場。3区(3㎞)で17人抜き・区間新記録(9分2秒)を達成して日本中を驚かせた。

今やすっかり有名になったが、彼女は芸能人でなくアスリート、しかもまだ高校1年生だ。

前述のダンサーの女性についても、複数のサイトが立ち上げられて、本名からなにから、様々なことが書き立てられているが、引き写す意味などない。なので、公平を期すために彼女の名前も伏せておく。

論点はそこではなく、選手として図抜けている上に、ハーフの美少女であったことから、たちまち報道が加熱し、ついには「友人知人にまで迷惑が及ぶ」事態を懸念して、別の大会への出場を見合わせざるを得なくなってしまった。同級生の自宅にまで押しかけたメディアまであったという。

前回述べたように、私人逮捕系を称する投獄ゴロツキ、もとい、煉獄コロアキなる人物は、本当は「転売ヤー」でもなんでもなかった女性を人違いで犯罪者扱いした。

これで思い出されるのは、1994年に長野県松本市の住宅街で起きた、世に言う松本サリン事件である。

ご記憶の読者もおられようが、これがオウム真理教の藩校であったことが明るみに出たのは後の話で、当初、第一通報者であった会社員の男性に疑いの目が向けられた。農薬を自分で調合しようとしたところが、誤って猛毒のガスを発生させたのではないかと。

今のようなネット社会ではなかったが、マスメディアが彼を犯人扱いしたことから、大変な報道被害があったと聞く。『週刊新潮』など、この人のプライバシーを事細かに暴き、あろうことか「謎の多い不気味な家系」とまで書いた。

これで編集長の首が飛んだとか、そういった話は聞かれなかったのだから、たしかにわが国には「報道の自由」があるのだろう……いや、笑いごとではない。

しかも、現地で取材に当たっていた記者の間からは、

「どうも、あの人が犯人だとは思えない」

という声も聞かれていたというのだから、ますますひどい話である。にもかかわらず前述のようなトーンの報道になったのは、

「野郎に年越し蕎麦は食わせない(年内に自白させ立件してみせる、という意味)」

という捜査本部の意気込みだけが、記者クラブを通じて伝播していたからである。

結果論ではあるが、農薬の調合を間違えたくらいであれほどの惨事が起き得るか、基礎的な科学知識さえ備えていなかった長野県警の捜査員は「真面目なアホ」で、そのように杜撰な捜査に疑問を呈することもなかったマスメディアは「善意の迷惑系」であったと言える。

真面目な話、日本のマスメディアを堕落させた元凶は、

「昔大本営、今記者クラブ」

であると、私は前々から公言しているのだが、お仕着せの情報ばかり垂れ流して「抜け駆け」を忌避するような気風を育てておきながら、自分たちは一流ジャーナリストである、という態度。これだから「マスゴミ」とまで言われるのだ。

前述の弁護士による問題提起に対して、半分だけ同意すると私が考える理由も、ここまで読まれた向きには、ご理解いただけるのではないだろうか。

マスメディアの内部に「報道の自由」をはき違えた輩がいることは事実だが、それを言うなら「表現の自由」をはき違えた者がネットにはあふれている。

マスメディアであれネットであれ、やってよいことと悪いことは峻別されなければならない。それ以上でも以下でもないのだ。

したがって今後の課題としては、マスメディアとネットは「相互監視」のような関係性になって行けばよいと思う。

そういう健全な情報社会を築くためには、一人一人がメディア・リテラシーを育んで行かねばならない。リテラシーとは「読み書きできること」を意味するラテン語から来ているので、本来は基礎的な供用の一部なのだ。

次回のシリーズでは、年末年始にオススメできる、書籍、映画、それに動画サイトなどを紹介して行く。乞うご期待。

トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)出典:Taiyou Nomachi/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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