ECで地域を救えるか 立ちはだかる課題とウェルビーイングについて考える
中川真知子(ライター/インタビューアー)
「中川真知子のシネマ進行」
【まとめ】
・国際大学GLOCOM主催で「消費者動向とウェルビーイングから考える地域の未来とECの役割」を考えるシンポジウムが開催。
・「地域をECで活性化する」ためには、データサイエンスの活用と規制改革が必要。
・地域の課題を理解し、正しい判断を下せる人物を筆頭とした組織形態作りが求められる。
1月30日、東京都港区の国際大学GLOCOM HALLにて、「消費者動向とウェルビーイングから考える地域の未来とECの役割」を考えるシンポジウムが国際大学グローバル・コミュニケーション・センター主催で開催された。基調講演とパネルディスカッションで構成された本シンポジウムでは、「地域の未来とECの役割」について多角的に議論が展開された。
基調講演では、GlobalDataの小売部門のマネージング・ディレクターであるニール・サンダース氏が、コロナ禍に日本のEC利用者が増えて14%になったと話し、今後も増え続けるであろうと予測。
▲写真 デジタル庁統括官村上敬亮氏 ©Japan In-depth編集部
デジタル庁統括官の村上敬亮氏が、「地域内連携の必要性と、ウェルビーイング指標の役割:データ連携基盤の支えるデジタル田園都市国家」をテーマに、活性化したい地域の利用者のデータを取得/解析することで効率よく盛り上げていくことができると話した。
その中で、伊豆の魅力を集めた会員サービス「伊豆ファンクラブ」の取り組みを紹介。伊豆にゆかりのある人々が伊豆の魅力に気づけていない現実を踏まえ、伊豆をもっと楽しめるようにと開発されたアプリは、加盟店で2次元バーコードを読み取ったり、タクシーを使ったりするとポイントが貯められ、そのポイントでサービスが受けられるという。
▲スクリーンショット via 「伊豆ファン倶楽部」
他にも、イベントや食、買い物の情報も得られる。観光本に掲載されるような長蛇の列ができる有名店だけでなく、コアな地元民しか知らないような店の情報も手に入れられるのが魅力だ。実際に筆者もダウンロードしてみたが、タウン紙に書かれているようなローカルの情報から、観光向けの内容まで網羅しており、伊豆を知るのにうってつけだと感じた。
我が地元の神奈川県川崎市にも同様のアプリがあれば地域活性化につながるだろうし、なにより地域をもっと掘り下げたいと考えている住民にとって有益な情報が得られる場となる。ここ数年『地球の歩き方』が国内地域密着型シリーズを出して評判であることを踏まえてもニーズを感じる。
一般社団法人スマートシティ・インスティテュート専務理事の南雲岳彦氏は、地域幸福度(ウェルビーイング)指標について解説。客観指標と主観指標のデータをバランスよく活用し、市民の暮らしやすさと幸福感を指標で数値化することで、その地域における潜在的にニーズが可視化されて課題解決へのアプローチが比較的容易になると、鎌倉を中心としたエリアを100万人マーケットと見立てた例を出しながら話した。
パネルディスカッションでは、これらの情報を踏まえて、地域の魅力を生かしたビジネスモデル構築について議論された。
▲写真 宮城大学 食産業学群 講師緩鹿泰子氏 ©Japan In-depth編集部
宮城大学 食産業学群 講師の緩鹿泰子氏は、コロナ前と後でのECの需要が変化してきていることに言及。外出制限によりECで食品を求める人が増えたデータを発表したが、一方で地方におけるECが広まっていくかは別の話しであり模索しているところだという。
▲写真 日本政策総研 理事長 兼 取締役の若生幸也氏 ©Japan In-depth編集部
日本政策総研 理事長 兼 取締役の若生幸也氏は「サンダース氏が発表した日本におけるEC利用者が14%という事実に驚いたと同時にECの可能性を感じた」と話し、実店舗における売上は1割だがネットでの売上が9割という楽器店を紹介。ECの消費者が実店舗を訪れることを「まるで聖地巡礼のよう」と表現し、実店舗の在り方を見直す面白さを語った。
また、北海道砂川市のいわた書店の「一万円選書」というサービスについて、「ECサイトが行っているオススメリストの人力版とも言えるアイデアであり、実店舗とオンラインの店舗が融合している中で実店舗の強みや価値を考える参考になるのでは」と話した。
■ 地方におけるEC普及の課題とウェルビーイングの向上
パネルディスカッションは、買い物難民への対策やECとウェルビーイングの両立という議題へと変わっていった。2024年問題によって物流が減る中、ECだけが解決策にはなり得ないだろう。課題を洗い出してロジックツリーを作ることで多角的なアプローチが必要となる。
前出の緩鹿泰子氏は、買い物難民のために生鮮食品などを積んだ買い物バスのサービスがあるが、便利である一方、品揃えの少なさという課題を挙げた。また高齢者に宅配弁当を届けるサービスが普及しており、配達員が見守りを兼務しており地域コミュニティができているとも話した。
だが、それではウェルビーイングの観点では不十分であると示唆したのは南雲岳彦氏。「誰かの手を借りずに生きていける健康寿命と人が幸せかどうかの間にはほとんど関係がない」と、主観と客観の間に存在するギャップについて指摘した。
幸せや生きがいは、誰かに感謝されたり役に立っていると感じたりすることで得られるものであり、サービスが拡充するだけでは街としては再生せず、主観と客観の両方のデータを見ながら進む必要性があるという。
▲写真 一般社団法人スマートシティ・インスティテュート専務理事の南雲岳彦氏 ©Japan In-depth編集部
では、地域はどのように活性化していけばいいのか。大学のイノベーションハブ化と海外進出が鍵となる可能性が語られた。
イノベーションを推進する大学は多い。海外には大学を中心にイノベーション企業が集まり街全体が活気付いている場所もあるという。
また、自覚していない地域の良さを強みにして国内外へ売り込んで成功しているケースもある。例えば、広島県の尾道市瀬戸田のレモンは皮まで食べられる希少性の高いレモンであり、香りまで楽しめるとしてプロの料理人から重宝されている。
さらに視野を広げ、海外を目指してもいいだろう。例えば、インドネシアは人口が増加傾向にある。学校や病院といった街全体を整える必要が出てくるため、日本で培ったインフラやデジタルの力を統括して配当金を得るのも考えられるだろう。
▲写真 シンポジウムの様子 ⒸJapan In-depth編集部
■ 地域をECで活性化するために
「地域をECで活性化する」と一言で言っても、その意味はひとつではない。人口減少によりインフラが不便になりつつある地域でECを使い生鮮食品を手に入れることも、生産物をECを使って販売することも含まれる。
ECだからこそ海外にリーチし、外貨を稼ぐことも可能だ。とはいえ、それらは簡単な話ではなく、個人がECサイトを立ち上げてもネットの大海の中では顧客にうまいこと見つけてもらえないために巨大なプラットフォームに載せることは必要だろう。
また、デジタル化が問題解決のゴールではなく、デジタル化の前に収益化の仕組み作りが不可欠だ。そこには、「安売りするのではなくプレミア感を出す」アプローチが重要だと前述の南雲氏は言う。
そして、いいものを「いいもの」という漠然とした表現で終わらせるのではなく、なぜいいのかをデータサイエンスを積極活用することで底上げする必要性と、若者を産業に惹きつけるために、面白く感じてもらえるような土壌づくりや、そのための規制改革が不可欠だと言及した。
パネルディスカッションでは、地域活性化には多くの課題があり、複雑に絡み合っていることが語られた。だが、課題のひとつひとつは様々な取り組みの中で洗い出されているように感じられた。あとは、進めていくしかない。だが果たしてどうやって……? そのヒントは質疑応答の中で語られた南雲氏の話にあったような気がした。
かつて金融に属していた同氏は、911とリーマンショック発生時にアメリカに滞在しており、チーフリスクオフィサー(最高リスク管理責任者)とチーフデータオフィサー(最高データ責任者)の重要性を痛感したと言う。
チーフリスクオフィサーは、万が一のことが発生した場合に指揮をとる人物だ。チーフデータオフィサーとは企業内外のデータを活用してイノベーションを促進したりカスタマーエクスペリエンスを改善したりする人物で、チーフリスクオフィサーをサポートする立場でもある。
様々な課題が立ちはだかる地域活性化やEC活用を推し進めようとした際に、これらのポジションにあたる人物は必要不可欠だろう。まずは、課題をしっかりと理解し、正しい判断を下せる人物を筆頭とした組織形態作りから始めるのがいいのかもしれない。
最後に、今回のシンポジウムに参加した人間として感想を述べさせていただきたい。テーマのひとつにECが含まれていたのなら、ECプラットフォームを代表するAmazonや楽天側の話も伺ってみたかった。次回に期待したい。
(了)
トップ写真:シンポジウム登壇者/左から1人目日本政策総研理事長 兼 取締役若生幸也氏、2人目宮城大学食産業学群講師緩鹿泰子氏、3人目デジタル庁統括官村上敬亮氏、4人目一般社団法人スマートシティ・インスティテュート専務理事の南雲岳彦氏、右端 横浜商科大学商学部経営情報学科教授田中辰雄氏 ©Japan In-depth編集部
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この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー
1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。