女性の体は誰のもの? 中絶が違法だった頃の女性たちを描いた映画『コール・ジェーン』
中川真知子(ライター/インタビュアー)
【まとめ】
・妊娠中絶が違法だった頃、アンダーグラウンドで人工中絶をしていた「ジェーン」という団体があった。
・「ジェーン」は60年代後半から70年代初頭にかけて、推定12,000人の女性たちの中絶を助けた。
・だが2022年、いくつかの州では再び中絶が犯罪扱いとなり、新たな「ジェーン」が活動を開始している。
妊娠を継続すれば母体の命に危険が及ぶ。だが、周囲が中絶を許さない。
この状況を想像してみて欲しい。自分は中絶を望んでいるのに、法律が中絶を許していないからと命と引き換えに妊娠を継続しなければならない恐ろしさを。
1973年にアメリカ全州で中絶が合法化される前は、このような話も珍しくなかっただろう。では、当時の女性たちは黙って自分の運命を受け入れるしかなかったのだろうか。
映画『コール・ジェーンー女性たちの秘密の電話ー』は、妊娠中絶が違法だった頃に、アンダーグラウンドで人工中絶をしていた実在する「ジェーン」という団体について描いた作品だ。「ジェーン」は60年代後半から70年代初頭にかけて、推定12,000人の女性たちの中絶を助けたと言われている。
2022年に人工中絶の権利が各州の権限に委ねられることとなり、中絶禁止をめぐって激しく意見が交わされる中、同作は何を訴えるのだろうか。
予告編:Call Jane | Official Trailer | In Theaters October 28
・様々な理由で中絶を選ぶ女性たち
▲写真 ©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
映画『コール・ジェーンー女性たちの秘密の電話ー』には、様々な理由で妊娠の継続が難しい女性たちが登場する。妊娠を継続すれば命の危険がある専業主婦、不倫の末に2度も望まぬ妊娠をしてしまったオフィスレディ、レイプされた女性、性の知識を持たず性行為をして妊娠したティーンエイジャー。
中絶も致し方ないと思う人もいれば、もう少し自分を大切にした方がいいのでは、と感じる人もいた。だが、彼女たちだけの責任ではない。相手がいなければ妊娠は成立しないし、性教育が重要視されていなかった当時は自分の体がどんな仕組みになっているのか知らない女性も多かった。
「ジェーン」を通して自らも中絶をし、のちに中絶手術を担当するようになるジョイ(エリザベス・バンクス演)は、不倫が原因で2度目の中絶にやってきた女性を見て眉を顰(しか)める。だが「いつか母親になりたい」という女性の言葉を聞いて「きっとなれる。でもそれは今じゃない」と言う。
中絶を選択する女性は母性がないわけではない。精神的、環境的、経済的理由で出産を先延ばしにしたいだけだ。
・女性を助けたい活動
▲写真 ©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
「ジェーン」のリーダーは、バージニア(シガニー・ウィーバー演)という活動家だ。彼女は、女性たちがどういう理由で「ジェーン」を訪れようと、決して責めることなく手を差し伸べる。最初は600ドル払える女性のみ受け入れていたが、ジョイや他の活動家の意見に耳を傾け、支払い能力に関係なく無料枠も作る。バージニアは、全ての女性が自分の体について決定権を持てるようになって欲しいのだ。
そして、彼女が望んだ通り、1973年には中絶合法化され「ジェーン」は解散。映画はハッピーエンドで終わる。
だが、2022年、いくつかの州では再び中絶が犯罪扱いとなり、新たな「ジェーン」が活動を開始している。
・今は14州で中絶が全面禁止
2024年1月の時点で、アメリカではテキサス州を含む14州が中絶を禁止している。例外などを設ける州もあるが、テキサス州はほぼ全ての状況において禁止されており、妊娠6週間以降の中絶を求める患者を手助けした人に対して一般市民が訴訟を起こすこともできる。州内には中絶を望む女性を助ける団体がいくつもあり、中絶が合法な州への旅費の援助などを提供している。
アメリカでは1973年以降も中絶をめぐって激しい議論が繰り広げられてきた。それはアメリカ国民のおよそ3/4がキリスト教徒で、そのうちのカトリック教徒とプロテスタントの副音派が中絶に反対しているからだ。着床した瞬間から命であり、中絶は殺人にあたると考えている。宗教観に後押しされているために、リベラル派と意見がぶつかるのだ。
つまり、『コール・ジェーンー女性たちの秘密の電話ー』は、歴史を永続的に変えた女性の活躍を描いた作品ではない。女性の権利や決定権を巡る歴史の一部を描いているに過ぎず、戦いは今でも続いているのだ。
事実、本作のストーリーは投資家たちにいい印象を与えず、資金調達に苦労したという。また、女性の選択権を支持する立場でありつつも「怖くて作品にのることができなかった」と打ち明けた人もいたらしい。中絶は今でもそれほど繊細なテーマなのだ。それを感じられるのはオリジナルのトレイラーの構成だろう。米国版はことの深刻さや女性たちの真剣な戦いをテーマにしている。ちなみに日本版はシスターフッド(姉妹関係)をテーマにしたコメディのような作りになっている。
最後に、本作を鑑賞して思い出した筆者のエピソードを共有する。20年以上前のアメリカ留学中に学内のカウンセラーをたずねると、会話の最後に交際相手の有無を聞かれた。筆者が「Yes」と答えると、避妊具と潤滑剤が入った箱を差し出し「好きなだけ持っていきなさい」と言った。高齢にさしかかった女性カウンセラーは「自分の体は自分で守りなさい。友達にも配って」と繰り返し、遠慮がちだった筆者に持ちきれないほどの避妊具を渡した。
当事は性教育の延長線程度に捉えていたが、本作を見た後なら、「自分の体は自分で守りなさい」という言葉の重みを理解できる。
▲写真 ©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
『コール・ジェーンー 女性たちの秘密の電話ー』配給:プレシディオ
3月22日(金)全国公開(新宿ピカデリー、TOHOシネマズシャンテ、グランドシネマサンシャイン 池袋ほかで公開中)
X公式アカウント:https://twitter.com/CallJane_jp
トップ写真:©2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved.
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この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー
1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。