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.国際  投稿日:2024/2/29

トランプ政権の対日政策への日本側の錯誤


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・米大統領選予備選で、トランプ支持陣営から「反トランプ錯乱症候群」という言葉が発せられる。

・トランプ政権下、日本側の一部の同大統領が理不尽で強硬な要求を突きつけるという予測は、錯誤だった。

・日本の「識者」がトランプ氏の片言隻句を切り取り、悪い方向への絵図を描く悪習は終わりにすべき。

 

いまのアメリカの大統領選予備選での激しい論議ではトランプ支持陣営からは「反トランプ錯乱症候群」という言葉が発せられる。トランプ氏への嫌悪のあまり、事実とは異なる、感情だけに依拠するような悪口を浴びせる傾向を指すわけだ。トランプ支持層からトランプ敵視層への反撃の言葉だといえる。

たとえば「トランプは人種差別主義者」、「トランプは民主主義の敵」、「トランプはヒトラーに似ている」、「トランプはナルシスト」――というような断定は最近の日本の主要メディアでも散見されるようになった。その多くが米側のニューヨーク・タイムズのような反トランプのメディアからの借用や模倣である。

だが、このような非難を実際の事実関係で裏づけることは意外と難しい。たとえばトランプ大統領が在任中に実際に人種差別の政策や法律を作ったのか否か。トランプ氏の娘婿のクシュナー氏がユダヤ系アメリカ人であることは広く知られる。それでもトランプ氏はユダヤ人大虐殺のヒトラーと似ているのか。あるいは一人の人間をナルシストか否かを判定するには、なんらかの心理学的、医学的な根拠が必要ではないのか。

いま日本のメディアをにぎわす「もしトラ」現象のなかでも、次期トランプ政権が北大西洋条約機構(NATO)から撤退し、日米同盟をも破棄するかもしれないという予測は、そんな錯乱に含まれないのか。こうした諸点の検証では2017年から4年間にトランプ政権が実際にとった政策をみることが有益だろう。

トランプ大統領は在任中、NATOからアメリカを離脱させるという政策はツユほどもとらなかった。ただしドイツなどの西欧諸国のNATOメンバーがオバマ政権に対して公約した防衛費の国内総生産(GDP)の2%以上への増額を求め続けた。その結果、その公約を果たす西欧諸国の数は増えた。

では日本に対して実際にどんな政策をとっただろうか。

この点、日本側には当時から現在にいたるまでなお混乱や誤認があるようだ。

トランプ、安倍両首脳下の日米関係がいかに緊密で安定していたか。2017年2月10日の両首脳の初の公式会談での展開が象徴的だった。両首脳はホワイトハウスでの会談に加え、フロリダのトランプ氏の別邸でのゴルフも含め延べ3日間をともに過ごした。

共同声明は両国の防衛協力の拡大、中国の尖閣諸島への軍事攻勢に対するアメリカの防衛誓約、北朝鮮の軍事脅威への日米共同対処などから経済面でも両国の絆の深化をうたっていた。日米同盟の強化として理想的な骨子だった。 

だが日本側の一部では同大統領が理不尽で強硬な要求を突きつけてくるという予測があった。主要メディアは会談の直前まで同大統領が安倍首相に自動車や為替さらに在日米軍駐留経費の諸問題で厳しい要求をぶつけてくるから覚悟せよ、と大キャンペーンをはっていたのだ。

だがこの予測がみごとに外れた。トランプ大統領はそんな対日要求はまったくしなかったからだ。まさに日本側の一部の錯誤であり、錯乱だったのだ。その実例を具体的に紹介しておこう。

朝日新聞の2017年2月11日の朝刊第一面の記事だった。「車貿易や為替 焦点」という大きな見出しの記事が掲載された。本文の冒頭は以下のようだった。

「日米首脳会談でトランプ氏は自動車貿易を重要課題とする構えで、二国間の貿易協定や為替政策に言及する可能性もある。通商・金融分野をめぐり、どのようなやりとりが交わされるか焦点となりそうだ」

朝日新聞の前日、つまり同2月10日の夕刊記事はもっと明確だった。「自動車、重要議題に」という記事は冒頭で次のように述べていた。

「トランプ米大統領が10日の安倍晋三首相との日米首脳会談で、自動車貿易をめぐる協議を重要議題に位置づけていることがわかった」

しかし実際の首脳会談では自動車問題も為替問題も出なかったのだ。その事実は朝日新聞自身も2月12日朝刊の記事ではっきりと認めていた。

「トランプ氏が問題視していた日本の自動車貿易や為替政策も取り上げられなかった」 

誤報を認めたのである。

その後の4年に及ぶ日米関係でもトランプ政権が自動車や為替で日本側に抗議や要求をした公式記録はみあたらない。

在日米軍駐留経費についても日本側の一部で「トランプ政権は在日米軍の駐留経費の大幅増額を求めてくる」という予測が語られた。だが実際にはそんな要求はなかった。

逆にトランプ政権のジェームズ・マティス国防長官が「日本の在日米軍駐留経費負担は全世界でもモデルだ」と礼賛した。トランプ大統領も「米軍駐留を受け入れてくれることへの日本側への感謝」を述べた。

こうした的外れはトランプ政権に対する日本側の対応が無責任かつ錯誤だった産物だといえよう。反トランプ錯乱症候群の実例とされても、やむをえないだろう。

日本の「識者」がトランプ氏の片言隻句を切り取り、悪い方向への絵図を描くという定型だろう。そんな悪習はそろそろ終わりにすべき時期である。

トップ写真:千葉の茂原カントリークラブでゴルフをするために到着したドナルド・トランプ米大統領を安倍晋三首相が出迎えた(2019年5月26日 千葉県)出典:Pool / Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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