サター氏に聞く その3 台湾有事での反中国際連帯
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・欧州諸国も中国の脅威をグローバルな挑戦として警戒している。
・中国に抗議してアメリカ側と連帯する諸国が圧倒的に多くなった。
・中国側は台湾攻撃に慎重にならざるを得ない。これが米主導の国際連帯の意味だ。
——(古森義久)バイデン政権は当初、中国に対して競合と同時に協力をも標榜して、強固な態度に欠ける感じもありました。同時にトランプ前政権にくらべて国防費を大幅に減らしたため、軍事面での対中抑止力が衰えたとも指摘されていました。しかしこの一、二年の中国側の野心的なアメリカへの挑戦の激化で、バイデン政権も目覚めたということでしょうか。その点でウクライナ戦争の影響も確かに大きかったですね。
ロバート・サタ―「ロシアのウクライナ侵略はNATO(北大西洋条約機構)の欧州加盟国のイギリスやフランスに中国の脅威を意識させました。ロシアがアメリカ主導の国際秩序を武力で変えようとし、そのロシアを中国が支援する。その中国は台湾に対して武力で制圧する構えをみせている。となると米側の欧州諸国もその中国の脅威をグローバルな挑戦として警戒するわけです
アジアでも対中の国際連帯は顕著です。まず日本が年来の消極姿勢を変えて、防衛費を倍増する。中国に届く中距離ミサイルの取得を決める。台湾有事への支援を表明する。この変化の意味はアメリカの対中政策にとっても巨大です。日本のこの劇的な変化は中国の軍事攻勢への対応だけでなく、ウクライナ戦争の影響が大きいですね。ロシアがウクライナにしたことを中国が台湾、さらには日本自身に対しても、するかもしれないという懸念は日本の国防意識を変えたと思います」
——確かに日本の官民の国防意識の変化、というより現実化は最近、顕著です。その原因としてのウクライナ戦争の影響は大きかった。しかし台湾有事で日本が積極的にアメリカや台湾を支援するだろうという認識がアメリカ側にありますが、日本側の実態はまだまだ不透明です。アメリカ側の『美しき誤解』が崩れないことを願っています。「アメリカ側の対中抑止の国際連帯ということでは、日本だけでなく韓国が変わったことも大きいです。昨年8月の米日韓3国の首脳会談での防衛協力の強化は明らかに中国への警戒が主眼でした。
日本に関連してはクアッドの推進も大きな対中抑止要因です。アメリカ、日本、オーストラリア、インドの4ヵ国が同盟ではないけれど、安全保障の対話ということで連帯し、協議する。主題は当然、中国の膨張への対応です。
同様にアメリカ、イギリス、オーストラリア3国によるAUKASもアメリカの原子力潜水艦をオーストラリアに供与するという軍事的同盟ですが、やはり中国の太平洋での脅威増大への対処です。オーストラリア自体も数年前までとは異なり、中国を念頭に置いての軍事力強化を進めています。
東南アジアでもフィリピンやベトナムの中国への警戒や抗議からのアメリカ接近は意味があります。とくにフィリピンは南シナ海の紛争領域で中国の軍事威嚇にあい、国際的な抗議を高めています。
つい数年前まではこうしたアジアの諸国では米中対立のなかで、どちらに身を寄せるか、大きな課題でした。どちらにもとくに露骨には味方しないという国も多かった。ところがこの地政学的な構図はいまはすっか
り変わりました。中国に抗議してアメリカ側と連帯するという諸国が圧倒的に多くなったのです。
しかもアメリカに寄ってきたアジアや欧州の諸国は中国の国内統治にまで批判を表明するようになりました。共産党独裁政権による自国民や少数民族の抑圧に対して、アメリカに同調して抗議するのです。対中姿勢では人権問題などの価値観の領域にまで反中の国際連帯が形成されてきたといえるのです」
——アメリカ側のこの種の国際連帯の広がりは中国の台湾攻撃計画にも影響するでしょうね。
「その通りです。中国にとって台湾併合は国家の根幹の方針です。習近平国家主席も必要な場合、軍事力を使ってでも台湾を支配するという意向は何度も表明しています。ただしそのために払うコストも当然、計算しています。その計算では現状のような中国に批判的な国際連帯の広がりは当然、障壁となります。
まずウクライナを侵略したロシアに対する国際的な経済制裁は台湾を攻撃する中国にも当然、かけられる。習近平主席はこの点を考えるでしょう。そのうえにいまやNATOの欧州諸国までが中国の台湾攻撃には軍事的な反発を示しかねない。台湾有事にはイギリスもフランスも参加しそうです。いずれも平時に台湾海峡周辺へ軍艦を送っています。カナダまでが最近、ミサイル艦を台湾海峡近くに派遣しました。台湾有事には欧州・アジア連合が中国と対峙しかねないのです。
私は20数年前、アメリカ政府機関でもし中国が台湾を攻撃し、アメリカが軍事介入した場合、他のどの諸国が米軍側について実際の軍事行動をとるか、という推定作業をしたことがあります。その際は確実な支援国はなんとゼロだったのです。有力同盟国の日本でさえ、米軍を支援しない見通しが強いと判断しました。正直なところ、私は日本やオーストラリアが米軍の中国との戦闘に加わるかもしれないという姿勢をとることは、私の生きている間には絶対ないだろうとまで思っていました。
ところが現状をみてください。アジアと欧州の多数の諸国が参加しそうなのです。だから中国側は台湾攻撃に慎重にならざるを得ないでしょう。これがアメリカ主導の国際連帯の意味なのです。これは米中関係でのこの2年ほどの間の重大な変化です」
*この記事は月刊雑誌WILLの2024年6月号掲載の古森義久氏の寄稿の転載です。
トップ写真:バイデン大統領、キャンプ・デービッドで日米韓首脳会談を開催(2023年8月18日)出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。