米中関係はどこへ サタ―氏に聞く その2 米側の大規模な対中抑止策
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権や議会は多様で大規模な中国抑止政策をとっている。
・それらは、安全保障やインフラの力を強くする措置や、高度技術の発展を抑えるための措置など。
・さらに、中国の無法な膨張を抑える国際連帯を強めた。
——(古森義久) アメリカ側での対中抑止差の着手から6年ということですが、その具体的なスタートはまさに6年前の2018年10月の当時のトランプ政権のマイク・ペンス副大統領による対中新政策の主要演説でしたね。この時点でトランプ政権は公式にそれまでの長年の対中関与政策は失敗だったと宣言し、中国への警戒、抑止、対決という基本姿勢を明確にしたわけです。
さらにその前段階としてはオバマ政権時代の2014年ごろから中国が南シナ海のスプラットレー諸島をフィリピンなどとの領有権紛争が未解決なのに一方的に武力で占拠して、軍事基地を建設し始めた。だがオバマ政権はとくに防止策はとらなかった。そんな経緯がありますね。
ロバート・サター「そうです。その後、中国が多様な領域でのアメリカへの挑戦を露骨にし始めたわけです。
先に述べたようにアジアでの軍事バランスを変えようとする。経済面での不公正な方法で自国の利益を拡大し、アメリカ経済を侵食する。アメリカの高度技術を窃取する。国内に浸透して政治工作を図る。民主主義や法の支配を否定する自国の独裁政治モデルを他国へも広めようとする。ごく最近ではアメリカの経済インフラへのサイバー攻撃能力を高めています。
中国はこうした対米攻勢にかなりの成功をおさめてきました。アメリカ側ではこの攻勢を跳ね返せねばならないという意思がいまや超党派で強固になったのです。バイデン政権はいま実際の抑止策をとるとともに、中国側への抗議をも強めています。その結果、表面での米中間の対立や摩擦はますます激しくなっています。
バイデン政権はこれ以上の米中関係緊迫を防ぐためとして、中国側に対話を求めるのですが、中国側は本格的な対話の開始にまず前提条件をつけるのです。中国の王毅外相が一昨年、ブリンケン国務長官にその条件のリストを手渡しました。中国側からみての反中的な政府声明とか中国の対米投資を制限するような議会での法案とか、をすべて止めろという広範な要求でした。米側がとても実行できるような措置ではありません。だから米中政府間の関係改善のための本格的な交渉や対話は軍事対話を含めて、始まっていないのです」
――こんな現状ではアメリカ側では長期、中期の対中関係ではとにかくかかわりを減らす、やがてはディカップリング(切り離し)というところまでいくべきだという議論が出ていますね。
「はい、ただし米側の多数派の意見としてはまだディカップリングというところまでは行かず、ディスエンゲージメント(不関与)という状態を求める傾向が強いですね。私自身も中国との全般的な関与を減らすべきだと思います。なぜなら中国側はこれまでのアメリカとの接触であまりに多くの一方的な利益を不当な手段で得てきたからです。その現状はすでにアメリカの国家安全保障を深刻に侵害しているのです」
――「不関与」というのが中国との全般的なかかわりをなくしてしまう意味ならば、その展望は重大ですね。米中両国の関係が切り離しに近いところまで、距離をおいてしまうわけですから。しかしアメリカ側はこの中国の脅威を根幹で抑え、自国を守るという積極的な措置も取っているようにみえますね。
「はい、その点はきわめて重要です。バイデン政権や議会は多様で大規模な中国抑止政策をとっています。
第一は中国が侵食しようとするアメリカ側の安全保障やインフラの力を強くする措置です。まずバイデン政権が推進して議会の同意を得て、成立させたインフラ建設強化法です。総額1兆2千億ドルで国家全体のインフラを強化する。この措置の多くの部分に中国との競合や兆戦に負けないという趣旨の施策が入っています。約6千億ドル総額のインフレ抑制法も中国対策としてのアメリカ経済強化策を多く含んでいます。だからこの2法だけでも2兆ドル近くの対中政策含みの対策なのです。
第二は中国の膨張を抑えるための直接の措置です。バイデン政権は中国の高度技術の発展を抑えるために米側の一定以上の半導体技術を中国に出すことを禁じる法律を成立させました。議会の下院は中国系動画投稿アプリTikTokのアメリカ国内での利用を禁止する法案を可決しています。中国政府の対米政治工作機関としての孔子学院を取り締まったことも同様です。
第三は中国の無法な膨張を抑える国際連帯を強めたことです。この点は非常に重要です。アメリカは同盟諸国、友好諸国の多くを最近、対中抑止、対中警戒という基本スタンスで団結させることに成功しています。中国の圧力に対抗できる弾力性を得て、中国に『力の立場』から対抗する諸国の数を増すことをアメリカは達成しています。この国際的な対中姿勢の変化はロシアによるウクライナ侵略の意外な影響が大きかったといえます」
(その3につづく。その1 )
*この記事は月刊雑誌WILLの2024年6月号掲載の古森義久氏の寄稿の転載です。