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.国際  投稿日:2024/6/11

  アメリカ大統領選は郵便投票が決める?!


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・アメリカ大統領選挙ではなお共和党のトランプ前大統領が優位に立つ。

・民主党が年来、郵便投票を組織的に拡大し、その結果を自党に有利に導く努力を重ねてきた。

・今回はトランプ氏自身が4月末に共和党側支持者に郵便投票や不在投票も大事だとアピールした。

 アメリカ大統領選挙ではなお共和党のドナルド・トランプ前大統領が優位に立つ。ニューヨーク州の裁判での有罪評決にもかかわらず、である。そしてその本番選挙の11月5日という日取りも4ヵ月余に迫った。現職の民主党ジョセフ・バイデン大統領の陣営は必死でキャンペーンを強化する。その結果はどうなるのか。全世界が文字通り、かたずを飲んで帰趨を見守る。日本への影響も当然、超重大である。選挙結果は当然ながら予断はできない。とくにその予測の難しい部分に隠れた氷山のような要素がある。いまのトランプ陣営の優位を一挙にくつがえしかねない巨大な要因である。この水面下の氷山は日本の主要メディアもまず光を当てることがない。それは郵便投票である。2024年の本番選挙での郵便投票がどうなるかによって、バイデン対トランプという対決の勝敗は大きく左右されるのだ。

 11月5日投票の大統領選挙の本番ではやはり民主党、共和党の有権者の支持が僅差で拮抗する州、つまり競合州での動向が全体の結果を決めるとされる。その競合州とはアリゾナ、ジョージア、ミシガン、ノースカロライナ、ネバダ、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンの7州とされる。

 至近の世論調査ではこの7州ほぼすべてでトランプ氏がバイデン氏をリードしてきた。5月30日のトランプ氏に対する有罪評決の後も各種調査では僅差ながらトランプ氏が優位を保っている。しかもさらに詳細な世論調査ではトランプ候補が従来、弱体だった黒人層、ヒスパニック層での支持率をわずかとはいえ、伸ばしているという結果も出た。

バイデン陣営にとっては国内での不法入国者の激増やバイデン氏自身の統治能力の揺らぎもあって、憂慮を深めるわけだ。対照的にトランプ陣営はさらに自信を強めているといえる。同陣営がなお重大な懸念を向けている領域がある。それが郵便投票なのだ。

 では郵便投票とはそもそもなんなのか。

 大統領選の本番での投票では有権者が当日に自分自身で投票所に出かけ、必要な身分証などを提示して票を投じる当日本人投票と、事前投票とがある。事前投票には本番の投票日には不在となる有権者が事前に票を投じる不在投票と郵便で票を送る郵便投票とがある。いずれも各州ごとに詳しい規則で定められたシステムである。

 前回の2020年11月の大統領選挙ではこの事前投票、とくに郵便投票が異様なほど多かった。この増加はそれまでの大統領選挙にくらべると、何十倍もの激増だった。その最大の理由は新型コロナウイルスのアメリカ国内での大感染だった。

 アメリカ政府当局の統計によると、前回の大統領選では投票総数約1億5千万のうち70%が事前投票だった。そのうちの郵便投票部分が総投票の43%にも達したという。つまり総投票の半数近くが郵便投票だったのだ。

 さらにその2020年の郵便投票の内訳はほぼ2対1の比率で民主党バイデン候補に投じられたことが明らかになった。その背景としては民主党が年来、郵便投票を組織的に拡大し、その結果を自党に有利に導く努力を重ねてきたという実態があった。有権者の登録の簡素化、郵便投票での本人確認の手続きの緩和、郵便投票の到着期限の緩和、郵便投票の内容と送付者の身分証の合致検査の緩和、政治活動家的な「投票収穫人」による多数の郵便投票の収集(収穫)の自由化などを求める、というような施策だった。

 民主党はこうした施策を2019年1月に「選挙改革法案」としてまとめ、ナンシー・ペロシ下院議長の主導で下院に提出した。全体の法案は不成立に終わったが、その内容の多数の項目が各州で採用された。だから2020年の大統領選での郵便投票でのバイデン票の大量獲得はその成果だったともいえたのだ。

 共和党はこれに対してトランプ氏自身が先頭に立って、郵便投票全体が不正に満ちていたと糾弾した。実際に各州の司法当局は郵便投票での単一人物の二重三重の重複投票、死者にきた投票券の重複郵送、州外に移転した有権者の不正投票など違反例を多数、摘発していた。だがトランプ氏が主張するほどに選挙全体を覆すという数の違反は認められなかったわけだ。

 しかし今回はそのトランプ氏自身が4月末にそれまでの方針を改め、共和党側支持者に事前投票、つまり郵便投票や不在投票も大事だとアピールした。この動きは共和党側としては非常に重要な変化だった。共和党支持者にも必要な人たちはきちんと郵便投票を実施するようにと通達したのだ。トランプ陣営でもやはりこのまま郵便投票自体を否定していると、郵便投票での民主党の前回のような優位が続いてしまうだろうという心配からの方針変更だとみられている。

 共和党全国委員会も今回の大統領選挙に備えて「選挙公正委員会」という特別の部門を組織内に新設した。この組織はまさに郵便投票や不在投票の集票、開票のプロセスを厳重に監視するという主旨だった。この特別委員会は各州にも代表を送り、とくに郵便投票の内容の点検に加わる意図だという。

 トランプ陣営の政策研究機関「アメリカ第一政策研究所」(AFPI)も多くの州で州当局に対して郵便投票に関する規則の強化や監視の徹底を求め、満足な回答が得られない場合は訴訟までを起こしている。

 このように共和党側ではなお郵便投票が構造的、さらには政治の経過のうえからも民主党に有利に働くとみる警戒心が強いわけである。郵便投票が現状のままでは共和党側への弱点となっているという認識の自認だともいえよう。さてその現実の結果がどう展開するか、ふだんの選挙戦の観察ではなかなか読みとりにくい要点なのだ。

トップ写真:2020年の大統領選挙、フィラデルフィアで郵便投票の集計が続く様子。2020年11月6日。出典:Photo by Chris McGrath/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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